『グラニデ』。
それがこの物語の舞台となる世界の名。

この世界は『世界樹』という、この世界の中心に位置する場所にそびえ立つ巨大な樹からもたらされる『マナ』という恵みを受け、人々は発展し、暮らしている。



ざざぁ、と海が風に揺れる音。
ここは広大な海の真ん中、見渡す限りの青に染まった大地。そこに船…、というより潜水艦と表現した方が近い、そんな機体が漂っていた。
金色の体には、ステンドガラスのように散りばめられた色とりどりの装飾。ゴオオ、という機械から発せられる汽笛の音は、確かに船を思わせるもの。

その船の広い甲板に、一人の少女が姿を見せた。ピンク色の可愛らしいショートヘアーに、まだあどけなさが残る顔にくりくりとした丸いペリドットの瞳。
水色のワンピースを靡かせ、彼女はすでに甲板にいる不思議な生き物に声をかけた。


「パニール、洗濯物取り込んでおいたよ」


パニールと呼ばれたその生き物。少女の顔ほどしかない大きさで、猫にも似たような顔の形に、しっぽのような部分からはパタパタとはばたく、虫にも近い羽が生えている。その腰には、まるで主婦のようなエプロン。

パニールは少女に気がつくと、まるで娘に向けるような優しい眼差しで答えた。


「ありがとうカノンノ。こっちも、一息つけるところよ」


わたしはこれからひなたぼっこしながら恋愛小説を読む、幸せタイムよ〜。わくわくした様子でパニールは笑った。カノンノも顔を綻ばせ、ふとパニールの後ろに見える世界樹が目に入った。

いつもと変わらず世界のすべてを見据えるように、それでもどこか優しげに、儚げに、ずっとそこに居続ける大樹。
ゆっくり、大樹の側へ近づくように足を進め、甲板の手すりに手をかけた。いつも当たり前のように見ていたのに、なんとなく、今日だけその母なる大樹が気になった。まるで呼ばれているような気がして。
でも、いつも自分を呼ぶ声がするのは、世界樹じゃなくて。

そこまで考えた瞬間、突然世界樹が輝きを放った。


「な、なに…!?」


それは一筋の光の柱となり、空へ飛び立った。思わず、カノンノは一歩後ずさる。パニールも慌ててカノンノの側へと飛んできた。

しかし2人が驚き唖然としている間に、その輝きは空へ飛び立ったかと思いきや、どこかへ消えて行ってしまった。
あの世界樹から放たれたものだ、なんとか光が飛んでいった先を確認しようとした空を見回したカノンノだったが、見失ってしまったようだ。すっかり静まりかえった空と海を見て、なんだったんだろう、と小さく呟いた。


「世界樹が何かを出したようだったけど…」


カノンノが小さく首を傾げていると、船の中からぱたぱたと一人の少女が走ってきた。日の光をたっぷり浴びたような褐色の肌に、小さな体に釣り合わない、巨大な海賊帽を被った少年に近い雰囲気を持つ少女に気が付いたカノンノとパニールは、彼女の方へ振り返る。
少女は少し慌てた様子で一度海を見渡した後、カノンノたちの方に視線を向けた。


「カノンノさん、パニールさん!今外が一瞬光ったように見えたのですが…」

「チャットも気が付いた?」


カノンノにチャット、と呼ばれた少女はそりゃ、船の中にまで解るくらいでしたよ!と慌てている様子だった。

ふと、その時カノンノは何かが風を切って近づいてくる音に気が付いた。
え?と、顔を上げ、何かが近付いてくる、そう思った瞬間。

―――――ドサッ!

物凄い音を立てて、何か重たいものがカノンノの目の前に落ちてきた。一瞬何が起きたのか解らず、カノンノたちはその場で固まってしまった。
最初に動いたのはパニール。


「あ、あわわわわ!ひ、人が!人が空から落ちてきたわー!」


パニールの悲鳴に、カノンノとチャットはようやく動いた。
カノンノは慌てて足下に視線を落とすと、パニールの言う通り、そこにはうつ伏せで男性が倒れていた。間違いなく、人だ。カノンノは空を見上げるが、そこには航空機が飛んでいるわけでもなく、鳥一匹いなかった。彼は一体何処から?いや、それよりあんな音を立てて落ちてきて、この人は無事なのか。


「あ、あの!大丈夫ですか!?」


カノンノはチャットの、ボク、船の中の人たちに知らせてきます!と言いながら船の中に戻っていく声を聞きながら、すぐさまその男性を仰向けにして声をかける。その人は気絶しているものの、驚いた事に外傷は殆ど無いようだった。脈もある、ちゃんと生きている。
ひとまずカノンノとパニールはほっと息を吐いた。

早く船の中に運びましょう!というパニールの言葉にカノンノは肯いた。そして、もう一度男性に視線を落とす。
どきり、と何故か胸の高鳴りを感じた。
恐らく、カノンノより少し年上の少年のようだ。少し癖のある赤茶の髪は長く、腰まで流れている。目を閉じていても解る、整った顔立ち。伏せているこの瞳はどんな色をしているのだろう、こんな状況なのに何故かそんなことを考えてしまった。


「カノンノ、どうしたの?」

「えっ、え?」

「ぼうっとしてたわよ。ほら、早くその方を船へ運びましょう!」


なんとパニールはその小さな体で少年をあっさり抱え、パタパタと羽の音を立て船の中へ入っていってしまった。カノンノは特にそれを気にするわけでもなく、むしろそれを当たり前のように見届けた。

一人残されたカノンノは、一度世界樹の方を振り返ると、思い出したように慌ててパニールを追いかけ船の中へ入っていった。




あなたが『世界』を見る時です。
また会いましょう、アレイス―――。



それはついさっきのような、遙か昔のような。いつだったか忘れたけど、確かに自分に向けられた言葉だった。

アレイス、それが僕の名前だろうか。
真っ暗な闇の中の思考。ふと気が付いた頃には、目の前が真っ白になって。
次に見えた景色は、


「――ああ、目を覚ましたのね!」


ピンク色の少女の、大きなペリドット。


「………うわあっ!?」

「きゃっ!?」


ぼんやりとした思考を何とか回転させて、しっかり状況を把握して、声を上げ飛び起きた。なんせ、目を開けて飛び込んできたのは、ベッドに横になっていた自分の顔を覗き込む可愛らしい少女の顔だったのだ。…付け足しをすれば、ちょっと近過ぎ。
少女はいきなり声を上げられた事に驚いたのか、小さく悲鳴を上げ後ずさった。


「…あ、ご、ごめんな!」


脅かすつもりじゃなかったと慌てて謝ると、少女はこちらを確認しながら、私こそ…!と後ずさった距離を埋め、ベッドの側に戻ってくる。
そしてなにやらほう、と息を吐いてもう一度こちらの顔をじいっと見つめてきた。


「……な、なに?」

「え?……あ、ごめんなさいっ!あ、あの!」


顔を真っ赤にしながらあたふたと両手を振る少女。そんな必死な彼女がなんだか可愛らしくて可笑しくて、思わずふっ、と吹き出してしまった。
少し失礼かと思ったが、少女は何故笑ったのだろうと不思議そうにぽかんと口を開けたが、つられるように少女もくすくすと笑った。その笑顔は幼いが、やはり可愛い。

一通り笑い合うと、少女は楽しそうに顔を上げた。


「私、カノンノ。カノンノ・イアハートっていうの!」

「カノンノ…、カノンノか。僕は…アレイス、多分?」

「多分?」


こてん、とカノンノは首を傾げた。どういうこと?と、カノンノが口を開こうとした時、部屋の自動開閉ドアがプシューッ、という空気音を立てて開いた。音に気が付き、カノンノとアレイスはそちらに目を向ける。
中に入ってきたのはパニールとチャットだった。


「あらあら良かった!目を覚まされたんですね」


先に口を開いたのはパニールで、アレイスの顔を見るなり、あらまあ!と両手を合わせた。


「まー、随分と凛々しいお坊ちゃんだこと!こりゃ町のお嬢さん方が放ってはおきませんねー」

「ぱ、パニールったら!もう…」


いまいち意味が分かっていないようで首を傾げたアレイスだったが、カノンノは何故か恥ずかしそうな頬を赤らめていた。
あらあらこれは失礼、とどこか嬉しそうにパニールは笑った。


「まあともかく、目を覚まされて良かったです。彼女はパニールさん。そしてボクはチャット、このバンエルティア号の船長です」

「ば、バンエルティア号?せ、船長?」

「ええ。それにしても驚きましたよ、空から降ってきたのですから」


一体何があったのですか?と、チャットが問いかけてくるが、それ以前にアレイスは状況が把握できていないようで、空?とチャットの言葉を繰り返しながら、頭の上に疑問符が飛び交わしていた。
見かねたカノンノがチャットに声をかけた。


「もしかしたらアレイス、頭を打った衝撃で記憶が曖昧なのかも…」

「それってもしかして記憶喪失…ですか?ええと、アレイスさん?」

「へ、?記憶、喪失?」

「出身国とか、何処から来たとか分かりますか?」


分かれば最寄りの港までお送りしますよ、とチャットは言うが、当のアレイスは必死に考える様子を見せたが、すぐに首を横に振った。


「悪い、アレイスって名前しか分かんねえ…。多分僕の名前なんだと思う…、そう呼ばれた気がするから」

「そうですか…」


チャットは困ったように唸ると、カノンノが、あのっ!と声を上げた。


「だったらチャット、何かを思い出すまでアレイスをこの船に居させてあげることはできないかな…!?」

「ボクは構いませんが…、アレイスさんどうですか?」


3人の視線が一気にアレイスに集まった。アレイスは頭を掻いて一度考える素振りを見せると、チャットの方へ向き直した。


「ああ、そうしてもらっていいか?この先、どうしたらいいか分からねえし…」

「では決まりですね!これでまた子分が増えましたよ!」


急にチャットが嬉しそうに声を上げた。


「こ、こぶん…?」

「ええ!この船は我々の運営するギルドの拠点であると同時に海賊船ですから!働かざるもの食うべからず、これは海賊の掟です!」


船長であるボクの言うことをしっかり聞いて、立派な海賊になってもらいますよ!チャットが高らかにそう言う。
何故か楽しそうなチャットだったが、アレイスは、海賊って?とカノンノに疑問符を飛ばしまくりながら訪ねていた。しかしカノンノは何故か苦笑しながら、がんばろうねと笑うだけだった。



(それが、私とあなたの出会い) 空から降ってきた少年
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