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雪は嫌いだ。

真っ白に積もったそこに自分の赤い髪がちらつくだけで、脳内であの日の悪夢が再生される。赤と、白。最悪の組み合わせだ。それでも髪を切らず毎年冬になるといちいち悪夢を再確認するのか。まあ、自分に対する戒めだ。自分は愛されなかった、愛されない、愛されてはいけない。それを思い出せば「もしかしたら」なんて無駄な期待の感情を殺せる。期待すればするほど後先の後悔と絶望は計り知れないことを知っているから、思い出せるから。もう二度とあんな思いを新しく背負いたくないからなんだろうな、たぶん。でももう何度目になるか、毎年同じことの繰り返しでいい加減それが当たり前でワケ解らなくなってきているけど。


はあ、と重い体をベッドに投げ捨てる。はらりと自分の長い髪が顔にかかった。外は冬恒例の雪。またこの季節がやってきた。薄く開けっ放しの窓からは、冷気と外で走り回っているのだろうガキンチョたちのキャーキャー騒ぐ声が入り込んでくる。全くガキはお気楽で羨ましいものだ。
正直うるさいので窓を閉めてやりたいが、ベッドから歩いて数歩の距離さえ今は歩く気力が沸かない。とりあえず枕に顔というか耳を埋めて何も聞こえないようにしておく。
酸素がゆっくり奪われていくような、ぼんやりとした意識の頭の中は真っ白。白しか考えられないくらいの、白。どんなに目を閉じても瞼に描かれているかのように、その白さに真っ赤な物がまき散らされていく光景ばかりが再生される。うんざりだが、毎年のことだ。慣れた。

そのまま、俺の意識は白と共に堕ちた。


その次に自分の意識を理解した時、いつもとは違う事が起きていた。自分の周りは白くて赤くて冷たいはずなのに、温かい何かが頬に触れている。優しくて、ほっとするような暖かさ。自分は今までそれに遭遇したことが無いから、正体を知らない。瞼が重い。どうやら自分はまだ目を閉じているようだ。その正体が何か知りたくて、なんとか目を開けようとするが瞼が重たくて思うように視界が開かない。僅かに開いた隙間から見えたのは、人。
よく解らなかったが、とうとう知ってしまった温かさに当然俺はすがった。今まで絶対もう掴まないと思っていたのに、あんな冷たい悪夢からそのぬくもりを受けてしまったら、人はもうそれを逃がさないと必死になってしまう。兎に角離れないように、俺の頬にあるそのぬくもりを掴んだ。必死に。折角掴めても、俺の腕をすり抜けていずれはどこかへ行ってしまう。普段の俺ならそう考えているはずなのに、無我夢中でそんな思考一気に吹き飛んだ。そこで俺はやっぱ人間なんだなぁなんて柄にもない事を思ってしまった。


次の瞬間、突然辺りが真っ黒に変わったかと思うと、一気に意識が持ち上げられた。あれだけ重かった瞼も急に軽くなり、俺の視界は一気に広がった。
何が起きたのかは分からなかったが、兎に角状況把握だと体を勢い余って起き上がらせる。




「うわっ」




すると俺以外の声が聞こえた。しかもすぐ隣。なんだ、と振り返れば珍しく手袋をしていない手を宙で迷子にさせているレシェンが驚いた様子でこちらを見ていた。




「レシェンちゃん?何やってんだ、俺様の部屋で」


「あ、勝手に入ってすみません。お昼の時間になってもゼロスが起きてこないので、様子を見に来たんです」




彼女の言葉通り、ちらりと顔を上げて時計を確認するともう12時を回っていた。
どうやら文字通り、意識が飛んでいたらしい。




「それで、部屋に入ったら青い顔でゼロスがベッドに倒れていたので」


「ああ、体調悪いかもって思ってくれたの?へーきへーき!人気者の俺様は普段から休む暇なくて引っ張りだこでさ…」


「いえ、体調じゃなくて…苦しそうでしたから、ゼロスの心が」




さらりととんでもない事を言ってのけたレシェンに、ぽかんとするしかなかった。心が、なんだって?普通青い顔して倒れてたら病気だなんだと騒ぎそうなものだが。どんな顔で寝ていたかは分からないけど。
そういえば、彼女はディセンダーだ。人には分からない人の心情を察したのかもしれない。正直本心はあまり人に見せたら鬱陶しいと分かっているので、こうも鋭い奴は苦手だ。

とりあえず素直にハイそうですなんて言うわけがない。あれやこれやと突っかかられたり、ヘタに何とかしようと口だけで人の心情にドカドカ踏み込まれたら面倒だ、と一度考え俺はいつもの笑顔を作る。




「そっかー、じゃあレシェンちゃん。俺様のこの疲れて苦しそうな心を癒してくれるかなー?」




おちゃらけて、いつもの調子で言った。正直体調は最悪だからあまり相手はしたくないのだが、女の子だから扱い酷くはできないし。ちなみに期待はぜんぜんしてない。
するとレシェンは「分かりました」と一言。
さて何をしてくれるのかな?適当に待っていた矢先、ふわり、と自分の髪が浮き上がった。え?と、何が起きたか把握するまで時間がかかった。彼女の腕が俺の首の横を通り、引き寄せられて、?

温かい。

驚いた、の次に沸き上がってきたのは、その一言。周りの雪がゆっくり、ゆっくり溶けていくような、柔らかくて優しい風が吹いたような。レシェンに抱きしめられている、とそこでやっと理解した。その感覚は、さっき一瞬俺の頬に触れたものだった。
何も口にしない、一言も発しない。レシェンはただ俺を抱きしめているだけ。正直いつも抱きしめる(と言うより抱きつく)側だから、抱きしめられる事は経験したこと無い気がする。それは自分から抱きしめるより、心地が良すぎる物だった。自分が必死に力を入れなくても、すがりつかなくても、ただそこにいるだけで温もりを感じる。




「―――っ、も…い、もう、いいよ…」




震えてしまった声で言えば、レシェンは黙って俺から離れた。あまりにも慣れない、でも今までにない優しすぎる感覚に少し怖くもなった。自分を埋め尽くすと思った真っ白が、雪が溶けていくなんて、今まで見たことがなかった。
でも、温かさが完全に去ると、また雪がちらつき始めるのが冬だ。




「……、レシェン」




もう、冬に逆戻りはごめんだ。




「ごめっ、ん…もう一回、してくれないか…?」




レシェンは勿論、と笑ってくれた。






(ふわり、春風第一号のお知らせです)




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