「ない、ない、ないっ!!」


どたどたと慌ただしく女性らしかぬ足音を立てながら、バンエルティア号を走り回っている彼女を見つけ、ゼロスは、へぇ珍しい、と他人事のように横目で追った。
普段何を考えているのか解らないぼんやりとした表情の彼女、レシェンが血相を変えているのだ。ちょうど退屈だったゼロスは、何となく気まぐれで彼女が走り去っていった方を辿ってみた。

どうやら道筋的に、レシェンはホールへ向かったらしい。確かにホールに近付くにつれ、彼女がなにやら誰かと話している声が聞こえてきた。
ひょいとホールへの扉から顔を覗かせてみれば、やはりレシェンはそこにい。

「お願いします、アンジュ!今すぐじゃないといけないんです…!」
「うーん、でももう夜遅いわ。明日じゃあダメ?」

どうやら話し相手はアンジュのようだ。珍しく、切羽詰まったような声で何かを訴えている。
ゼロスは一応失礼だと思いつつも興味が沸いてしまい、思わず聞き耳を立ててしまう。

「あれを、ルバーブ連山で無くしたのは間違いないんです!今行かないと、誰かに拾われたりなんてしたら…」
「気持ちは分かるけど、いくらレシェンでも夜ひとりじゃ危ないわ。せめて、誰かと一緒に…」
「はいはーい、それじゃ俺様が付き合ってあげちゃおーかなー」

そう言いながら片手を上げて突然現れたゼロス。聞き耳を立ててしまったからには、流石にはいそうですかで終わらせるわけにはいかないと思ったのだ。

流石の2人も、いつからそこに?と言いたげな表情だったが、レシェンの方はすぐに目を光らせた。本当ですか!?ありがとうございます!と、本気で歓喜している声は普段の無に近い表情からあまり考えられなくて、挙げ句見た事ない笑顔をするものだから、次はゼロスがキョトンとする番だった。

「(あれ、こんな顔できるのか…)」
「うん、ゼロスくんが行ってくれるなら、大丈夫かな?良かった、みんな仕事で殆ど出払ってるから」

出来るだけ早く帰ってくることが条件よ。ゼロスくん、レシェンを宜しくね。アンジュにそう見送られ、2人はだいぶ薄暗くなってきたルバーブ連山へやってきた。
魔物は日が昇っている時より、薄暗くなってくる今の時間が一番活発に活動し、夜は完全に魔物の時間だ。


「んで、レシェンちゃん。無くしものって?」
「えっと、髪飾りです。あのブルークリスタルの…」

レシェンが軽く触れた彼女の髪を見て、ゼロスは、ああ、と納得した。確かに、普段必ずと言っていいほどそこにある、あの空色の石の髪飾りが無くなっている。

だが、ゼロスは納得と同時に軽く拍子抜けしてしまった。
普段寡黙な彼女があんなに騒いで探していたのだから、もっと大層なものかと思っていた。思い返せば、あの髪飾りはずっと付けていたのが解るくらい、だいぶ傷も付いていた気がする。いい加減、女性が付けているものにしては如何なものかと感じていたくらいだ。

「なんだ、じゃあわざわざ探さなくても、あれだいぶ傷付いてたし新しいの買えば…」
「駄目です!!」

振り返りながら発せられた彼女らしかぬ声の張り上げ方に、ゼロスは思わず肩を上げた。


「あの髪飾りは自分が初めてアドリビトムに来た日に、カノンノがくれたものなんです!」
「ああー、お友達からのプレゼントだから無くせないってか?」
「勿論、それもあります…けど、」

けど?とゼロスが聞き返せば、レシェンは小さく俯いてしまった。予想外の反応に、え、俺様変な事聞いた?と、ゼロスは少し焦ってしまったが、下を向いているレシェンは気が付かず、そのまま口を開いた。

「あれは記憶を無くしてから、初めて貰ったプレゼントなんです」
「あ…」
「もしかしたら、記憶を無くす前に何か貰っていたかもしれません。でも…『今』の自分には、あれが生まれて初めのプレゼントで、凄く…嬉しかったんです」

あの時自分は何もあげられなかったのに、カノンノは、私があげたいからあげるの、と笑ってくれた。何もない自分が、初めて貰った物。なんの見返りも求めない、ただ純粋にレシェンにプレゼントをあげたのだろう。

ゼロスはひとつ息を吐き、ふと笑った。

「そんじゃ、そんなに大切ならちゃっちゃと見つけた方がいーな。まっ、この俺様がいるんだから、探し物くらいあっという間だろうしな!」
「あ、」
「…ん?」

レシェンが何かに気が付いたように声を上げた。
見つけたのか?と言いたかったが、彼女の視線は髪飾りが落ちているはずの地面ではなく、何故かゼロスの顔。なーに?俺様の男前に見とれちゃった?と、ふざけてみると、レシェンはくすくす笑った。
予想外の反応に、ゼロスはぽかんと口を開く。

なんだ、ちゃんと笑えるんだ。また見慣れない笑い方を見た気がした。

「いえ、ゼロスがやっと笑ったなぁと思って」
「へ?俺様、いつも笑ってるつもりだったんだけど」
「確かに笑ってましたけど、なんだか…心の底からの笑顔って初めて見た気がして」
「!」

さらりとした何気ない一言が、ゼロスには脳内にどかんと爆弾を投下された感覚だった。

昔の出来事で嘘笑顔が得意にならざるを得なくて、いつでもへらへらできるのがある意味特技になり、正直今本当に自分は笑顔なのか解らなくなってきていた。
だが、彼女には当たり前のように普段の顔と本当、もう見分けられてしまっているのだ。
自分自身が、もう理解することを諦めていたのに。

「…お前さ、変な奴だよな」
「それ、よく言われます」

苦笑いしながらレシェンは再び辺りに視線を向け始めた。
記憶を無くす前、彼女は一体何だったのだろうか。もしかしたら、自分と同じような、何か重いものでも背負っていたのか。
…いや、今もその背中に何かあるのかもしれない。しゃがみ込んで辺りを探すレシェンの背中を見て、ゼロスにはそう見えてしかなかった。

「(…いや、こんな事考えるなんて、柄でもねぇや)」

紛失物探索に付き合ったのは、単純に助けを求め困っていたのが女性だったから。ただそれだけ。そんな簡単な動機だったはずなのに。

「……ん?おっ、あった…あった!レシェン、これだろー!」
「え、本当ですか!?」

今まで会ってきた女性とは違う。どこか近い感じがあって、遠すぎる存在。
思わず彼女を、女性なのに素で呼び捨てにした自分がいて、それに気が付いたのは艦に戻ってからだった。


「ゼロス!」

次の日、特にする事がないのでアニーやティアに声をかけようと廊下を歩いていたゼロスに、レシェンが声をかけた。
彼女の髪には、彼女の左目と同じ色をしたあの髪飾りが揺れていた。

「おお、どうしたんだ?」
「昨日はありがとうございました、遅い時間に付き合って貰って」
「あーいいって事よ!また困ったことがあれば、いつでも俺様に頼りなよ〜」
「はい。あ、それで…」

これ、お礼に渡そうと思ったんです。
そう言ってレシェンは、手に持っていたラッピングされた小さな箱をゼロスに手渡した。ええ、お礼なんていいのによ?とゼロスは笑いつつ、厚意は素直に受けとることにした。

「まあとりあえず、大切な物なんだからもう無くすなよ?」
「はい。もっと大切な物に変わりましたから、絶対無くせません」

もっと?友人から貰ったから大事だと、昨日話していたはずだが。
不思議そうな顔でゼロスが首を傾げると、レシェンは照れくさそうに笑いながら髪飾りにそっと触れた。

「カノンノから貰って、昨日ゼロスが見つけてくれたんですから、この髪飾りにふたつの思い出が出来たんです。もう、無くせません」
「えっ…」
「あ、これから仕事なんです。それじゃあ」

そう言い残して、レシェンは早々とホールへと消えていった。何故かその後ろ姿から目を離せなくて、ゼロスはぽかんとしながら彼女の背中を最後まで見送った。
そして彼女が見えなくなってか、はっと我に返り、自分の両手で持っているプレゼント箱に視線を落とした。

「…そういや、俺もこんなプレゼントとか初めてかもな…」

近付いてくる女性から山ほど貰ったりはしたが、お礼や見返りのいらないプレゼントは誕生日プレゼントやらを除いてみれば、生まれて始めてかもしれない。
しゅるり、とリボンを解いてみる。


「わあっ!ゼロス、その紅い石の髪飾り可愛いね!」
「しかもなんか機嫌いいな。どうしたんだよ、それ?」
「……ん、ちょっとね」

声をかけてきた友人に振り返り、ゼロスは自然とした笑みを見せた。


smile melt.

ゲーム内でもクエーサー付けてるゼロス。
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