※夏休み企画リクエスト、アレイス←カノンノ



「あちゃー、帰るの遅くなっちまったな。みんな寝てるなこりゃ」

「うん、静かだし電気消えてるね…」


アレイスとカノンノは出入り口付近に貼られていた「お帰りなさい、お疲れさま。冷蔵庫に夕食あります」というパニールのメモ紙を確認し、とりあえず食堂へ向かった。

2人は今回、魔物討伐とその魔物に盗まれたものを取り返して欲しいという依頼を受け、とある町に行っていた。魔物のあまりの量と盗難されたものが見つからずと少々手こずった後、依頼主である町長がまた気前のいい人で、戻った2人を熱烈にもてなしてくれた。
故に予定より戻る時間が大幅にロスし、バンエルティア号に辿り付いた今はもう真夜中になっている。

とりあえず2人はパニールのメモに感謝し、食堂の冷蔵庫にあったものをアレイスが簡単に温め、少し遅いが夕食を食べることにした。
そんな時アレイスが心配そうに顔を上げた。


「んー、もうこんな時間だし風呂大丈夫かな」

「まだ湯船は温かいはずだよ。アレイス先に入る?」


バンエルティア号の風呂は個室一つ一つにはなく、地下に一つ共同のものが存在する。浴室はひとつなので、普段は時間制で男女分けてあるのだが、こんな時間では時間分けもない。
よっしゃ入る!と笑うアレイスを見て、カノンノも思わず口元が綻んだ。


彼が突然船にやってきて、もう半年以上が経った。
大好きな絵本で読んだ物語の主人公、ディセンダー。憧れだった。自分もそうなりたいって。本当にいたらきっと素敵な人だと、幼い頃から海から聞こえる声と一緒で、どこか支えにしていたのだと思う。
そんな自分の幻想の救世主は、実際に存在して、今自分の目の前にいる。端から見ればごくごく普通の青年で、でも人とはどこか違う。誰も出来ないと諦めている事を、絶対出来るって諦めない。世界の人全員が無理と言っても、彼はきっとやり遂げる。それはディセンダーだからとかじゃなくて、彼自身の心なんだと思う。アレイスはいつだって優しくて、真っ直ぐで、分け隔てなくて、誰にでも手を差し伸べて。誰もが、どこか躊躇してしまう事でも彼には関係ない。きっとアレイスはやりたいから、なんでもやれるからって素直な心がある。
ディセンダーだと知らなくても、カノンノにとってアレイスは憧れだった。自分の目標、こうなりたいって。だからいつもアレイスを見ていた。この時は、アレイスならこうする、アレイスなら諦めないとずっと考えていた。
その気持ちはいつしか、


「あ、でも時間無いし。お湯、温かいうちにとっとと2人で入っちまおうぜ」

「うん……、え、?」


ぼんやり考え事をしていたカノンノは、思わず適当に返事してしまった。彼に話しかけられた、でもなんて言ったっけ?お湯、温かいうちに、ん?2人で入って?


「えええええ!?」

「あ?」


真夜中という事を忘れ悲鳴を上げてしまったものの、あまりにも当たり前な態度での申し出に、なんだか断ることができなかったカノンノは、平気な顔してぱっぱと服を脱ぎタオルを巻いてとっとと浴室へ入っていってしまったアレイスの背中をぼんやり見送った。一応、カノンノが脱ぐ時は居ない方がいいと気を遣ってくれたらしい。いやそれ以前の問題だが。
もやもやしても仕方ない。カノンノはぱっと服を脱ぎ、タオルを巻いてそそくさと浴室を覗いた。

船に常備してある浴室は下手な家庭の風呂より遙かに大きい。町にある銭湯、ほどは広くないがそんな感じだ。普段、殆どのメンバーはここを使用している。
中央にある浴槽で、疲れを癒しながら仲間たちと談笑するのは一日の終わりの日課のようなものになっている。アレイスは今、その浴槽で誰も居ないのを良い事にバシャバシャ泳いでいる。普段後ろ首から流れている髪は今湯船につからないよう、くくり上げてあった。見慣れない新鮮な姿に思わずどきりとする。しかしアレイスはカノンノが入ってきたことに気が付くと悠長に、早く来ないと風邪引くぞー、とひらひら手を振っている。
いくら何でも、仮にもアレイスの性別は男性なのだから、少しくらい抵抗見せても良いのに。一人どきりとしている自分がなんだか恥ずかしい。


「(私、アレイスに女の子として見られてないのかな…)」


それなら割とショックだ。でもアレイスは友達にも、そうでなくても男女分け隔てなく接しているし。もしかしたらそういう概念は無いのかもしれない、と信じたい。
おろおろしながらも、とにかく湯船には浸かることにした。

ざぶ、と湯に腰を下ろす。冷めていないようでいい湯加減だ。ほう、とカノンノは息を吐く。そしてなんとなく横を見る。そこには少し間を空けてアレイスの横顔。カノンノとはまた違う濃い深緑の瞳、泳いでいたせいか、前髪に軽く滴っていて。


「(どどどどうしよう!)」


ばくばく心臓が鳴り始めた。だって、いつもは子供のように無垢に笑っているアレイスが、その、見慣れないくらい、あれだ。
アレイスを背に向けてばしゃっと音を立て勢いよく体を沈めると、アレイスも、どーした?と声をかけていた。いけない今の彼は直視できない。
んだよ?と首を傾げた気配とアレイスの声が聞こえる。ちらり、と彼の方を見た。直接振り向いたらまずい。色々と。自分の顔が赤いような気もするし。
最初に目に入ったのは、彼の肩で。


「…あれ」


肩、そう目に入ったのはアレイスの右肩。その肌色とは別の色が見えたような気がし、もう一度しっかり確認する。ざば、と彼の側に行く。


「アレイス!この肩、どうしたの!?」

「あ?あー、これは昨日ちょっとな」


彼の肩から背中にかけて何かに斬りつけられた痕がある。傷は深くないようで塞がり始めているが、それは見ているだけで痛々しい。
こんなのすぐ治るぜ、そう笑った彼だが、カノンノは思わずその傷に触れた。少しアレイスの表情が強張った。やはり、まだ痛いようだ。


「…アレイス、こんな傷で今日剣を振ってたの!?」

「そんな痛くねーからな。…そんな心配した顔すんなよ!僕が平気っつったんだから平気だって!」


全然気が付かなかった。今日一日一緒に魔物と戦ってたのに、彼は痛いという表情を全くなかったし、剣も鈍ってなかった。

彼は強い。本当に。絵本のディセンダーのように、何があっても世界の為に戦うんだ。怪我をしても大丈夫、すぐにみんなの為に戦う、そんな絵本のディセンダーを強くて凄いと尊敬していた。
それなのに、何故か今カノンノはアレイスをちっとも尊敬できなかった。絵本のディセンダーと同じはずなのに、凄いと言えない。逆に何で?と思った。そんな傷があるなら今日の依頼断ればいい。痛いなら痛いって言えばいい。言わないでまた戦った。
アレイス、貴方には傷ついてほしくない。

思わず、びたりと彼の背中に頬をくっつける。
普段はみんなを守る大きな背中、世界の、みんなの為の背中。でも、今は私だけを。


「カノンノ?」

「いてね、アレイス。側にいて、いなくならないでね」


私はこれからも貴方といたい。ずっと。
これはどんな意味を示す感情かは、子供の私にはまだしっかりと答えられない。でもきっとそうだから。
私は貴方だけを見ていたい。分かり易い優しさを持った分かり難い貴方をずっと。






……………
TOW2でアレイスに片思いのカノンノの心情、でした。リクエスト有り難うございました!


title by:ことばあそび



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