一人で生きてきた。

ぶっちゃけ言ってしまえば、生まれた時からずっと。親にも、兄弟にも愛されないで。でも、執事のハルトマンが代わりに愛情をくれた。剣も、志も教えてくれた。彼が年でベルフォルマ家を去った後も、それは変わらなかった。だから親がいないとか、からっぽの愛情や待遇ばかり受けたとかそういった連中と比べれば恵まれてる方。たとえ一人でも、愛をくれた人はいたのだから。
だからそれ以上を望んだりはしない。もっと、なんて我が儘は言えない。そう、心のどこかで言い聞かせて、吹っ切れようとしていた。オレは孤独じゃない、って。たとえ薄暗い穴蔵で、ひとりぼっちだった時があったとしても。


「チッ、…しくった」


依頼で魔物討伐を引き受けて、人手が足りないなら別に良いとひとりで出てきたのがまずかった。依頼の魔物は片っ端から潰せたが、最後の最後で崖に追い込まれた。魔物は最後に放ったオレの術ですっ飛んだが、オレ自身は重力に逆らえるはずもなく敢え無く崖下に落下。そんなに高かった訳じゃなかったが、打ち所が悪かったか足が動かない。
一つ舌打ちをして、空を見上げる。日が傾いてきた。このまま夜が来たら流石にヤバい。こんな状態で魔物に襲われたら確実アウトだ。いつまでもここにいるわけにはいかないのだが、体が言うことを聞かない。つーか体中めちゃくちゃ痛い。

日がだんだん赤見を帯びてきて、辺りが暗くなってくる。薄ら寒くもなってきた。
そういや、屋敷にいた頃兄貴たちのせいで崖から落ちて怪我して動けなくて泣いてた時も、こんな夕暮れ時だったっけな。


(誰も助けに来てくれなくて、寒くて、怖くて、不安で、寂しくて)


―――ガルル。

ヤベ、魔物の声が聞こえてきた。顔を上げると、さっきオレの術食らって一緒に落ちたはずの魔物が群を成してオレを囲んでいた。にゃろー一匹じゃ勝てねぇからって仲間呼びに言ってやがったな。すでにボロボロの一匹が先手を取ってじりじり近付いてくる。本格的にマジィ。けどオレには剣を握れるほどの力は残っていないし、逃げるにも足がイっちまってる。なっさけねー。


(オレ、もう駄目かァ)


結局、死ぬ時も一人らしい。こんな薄暗い場所で、誰にも知られず。生まれた時に一人だったなら、せめて死ぬ時は誰かに看取られたいとか思ってたけど、どうやらそんな願いも徒な思いで終わるらしい。
観念して目を閉じれば、魔物が踏み込み、土を蹴って一気に飛びかかってくる音がした。

…これが最後なら、弱音の一つくらい吐いても良いよな。


「…寂し、かった、な」


―――キィン。
聞こえるはずのない剣の音がした。

しかも、これから来るはずの痛みや衝撃もない。ついでに言えば、何故か襲ってきているはずの魔物の悲鳴がいくつも聞こえて、ドサドサと地面に重たいものが落ちていく音までする。
二度と開けないと思った瞼を持ち上げる。そして目の前の光景を疑った。


「…レシェン?」


オレはを見てるのか。それとも、案外ここは天国で都合いい光景が見えるのか。オレに襲いかかってきたはずの魔物は全部倒されていて、目の前にはオレに背を向けて立っているレシェンがいた。
レシェンは魔物が全て動かなくなったことを確認すると、一気に血相を変えて「スパーダ!」と、オレの名前を呼びながら走り寄ってきた。


「レシェン…どうして、ここに…」

「アンジュに、スパーダがひとりで魔物討伐に行ったと聞いて、何か胸騒ぎがしたので追いかけてきたんです」


生きていてくれてよかった、早く見つけられなくて、寂しい思いをさせてごめんなさい。心底安心したような声色でそう言われて、そして抱き締められた。すっかり冷え切ったオレの体には、レシェンの体温は熱いくらいで。そんな長時間でもないはずなのに、オレにはここに一人でいた時間があまりにも長く感じたせいか、人肌のぬくもりが懐かしくて、恋しくて。


「………、かった…」


情けないけど。
騎士らしくないけど。


「…寂し、かった。寒かった…、怖かった、不安、だった…っ!」


初めて、本当に初めて弱音を吐いた。この思いは今の気持ちだけじゃない、今まで溜めに溜めてきた言葉。自分に言い聞かせて、決して表には出さないと殺していた感情。でも、どんな境遇で生きてきたとしても、誰かより恵まれてると考えても、一人はイヤだ。寒いのも、怖いのもイヤに決まってる。
17年間、オレの中に無意識に、でもどこか意識的に溜め込んでいた思いは、流れていく涙と一緒に全部出て行った気がした。

動けないならとレシェンに背負われたオレは、ゆらゆら揺れる揺りかごのような感覚と、背中から伝わる暖かい温もりを感じながら、疲労も手伝ってか、いつの間にか眠りについていた。




(そしたらほら、何も怖いことなんてないんだから)
title by:tiny
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