※肩越しのララバイ続編





とりあえず、ひとまず記憶を手繰ってみた。春島付近の陽光がどうにも心地よくて、更に昼飯を終えたばかりの眠気も相まって、昼寝しちまおうと思ったのは憶えてる。どうせなら、甲板より邪魔される確率が低くて、この暖かい風を存分に感じられる所がいい、そう考えて船尾まで来たのも憶えてる。俺の記憶が間違いなければ、そこからはぐっすり眠ってしまったはずだ。

「…ナマエだよな」

陽が差しているから当然といえば当然だが、背中が妙に暖かい。壁や床の木材でもない感触に首を捻ると、よく見知った顔が見えた。薄ら想像はしていたが、実際に目にすると何とも言い難い。抱きつく、というよりは背中に貼り付かれていると言う方が正しい。直に肩口に置かれてる手や背中に密着している頬、やはり何とも言い難い。寝起きの心臓に悪い。というか、いつからこの状態だ。なんでこうなっている。

「よぉ、お目覚めかい」
「マルコ、いつから…」
「いつから俺がいたかって?それとも、ナマエがいつからお前にくっついてるか、かい?」

呆れているようにも面白がってるようにも見える笑みで船縁に腰かけているマルコ。何だこの状態。思わず起き上りかけて、背中越しに寝息が聞こえて、留まる。

「…両方」
「30分前に俺が通りかかった時にそいつが悪戯っぽく笑ってて、今さっき様子見に来たらお前が起きそうだったから観察してた」

つらつらとマルコが喋っている間も、背後から目を覚ましそうな気配はない。別にそれはいい、ナマエが至近距離にいるのはどちらかというと喜ばしい状況だ。けれど、マルコに見下ろされる形で遊ばれているのは面白くない。というより、先月の事が思い出されて居心地が悪い。

「仕返しなんだってよい」
「…だよな、これ」

溜め息を吐こうとしたのに、つい頬が緩みそうになる。マルコがいる手前、慌てて顔は引き締めたが、もう遅かったらしい。やれやれと言わんばかりに失笑するマルコに、もうどうにでもなれといった気持ちになって、笑えてしまった。体を動かさないように背中の方を見ると、伏せた顔に髪がかかって顔は見えない。安定したリズムで聞こえる呼吸に緩む頬が締まらない。太陽が暖かい。

「もう少し驚いてやらねぇと仕返しのし甲斐もなかったか」
「いや、そうでもねぇだろうよい」
「は?」
「鏡でも見て、トーンダイヤル使って自分の声聞いてみろよい」

とんでもない甘さだよい、そう言ったマルコは勘弁しろとでも言うかのようにお手上げのポーズを取った。そんなに顔にも声にも出ていたのか。一体どんな表情でどう喋っていたのか、自覚が無いだけに反応に困って、言葉が出ない。しかも、タイミングよく背後で動いたナマエの髪がくすぐるように背中に触れて、背筋が跳ねた。

「あんまり見せつけてくれるなよい」

船縁から下りて歩き去るマルコを見ずに、相変わらず穏やかな春の空を見上げる。暖かいを通り越して暑くなってきた。いや、熱い。主に、背中が。嗚呼、もうわかった、やられる方の気恥ずかしさももうわかったから、そろそろ起こさないと俺がもたない。

「もう見事に成功してんだ、そろそろ放してやれよい」

もう行ったと思っていたマルコの声が再び聞こえて、空を見上げていた視線を戻した。けれど、マルコは振り返るでもなく背を向けたまま、歩きながら声を掛けただけの様子。何の事だ、と一瞬考えかけたが、すぐに思い当った。そうだ、これはこいつから俺への仕返しだった。同じ気持ちを味わえというつもりなら、全く同じ事をしたとしたら、

「ナマエ」

確信を持って名前を呼べば、肩口に触れていた手が微かに揺れた。これで決まりだ。寝返りを打つようにぐるりと体を反転させて向き合う形になる。髪がかかって見えない顔を更に伏せる。それで隠れたつもりなのか。はらりと髪が落ちた結果、顔は未だ見えないが、その代わりに露わになった耳は明らかに赤い。こんな古典的な事があるのか、今度はついに声を出して笑ってしまった。

「…う、うるさいですよ…!」

顔を見せないように伏せたまま、絞めるつもりかという勢いで首に抱き着かれた。俺の首筋に当たる頬は熱い。うー、と拗ねたような唸り声が耳元で聞こえるが、それが照れ隠しとわからない程バカじゃない。

「前半までなら成功してたのにな」
「マルコさんのせいです」

相変わらず真っ赤なままの耳を晒して抱き付いたまま、怒ったような声。寝ころんだままのこんな体勢、他のクルーに見られたら格好の的にされるぞ、と頭の隅では思ったが、やっぱりこの背に腕を回さずにはいられない。

「そんなにくっつかなくても、離れられねぇよ、俺も」
「そ、その台詞、覚えてたんですか…!」


背中に触れるラプソディー

requested by Yu-san
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