一人前にこっちの表情を気にする素振りを見せるので、大袈裟に溜め息をついてやった。すると、慌てて取り繕うように、へらりと苦笑いを浮かべる。こんな小娘に心配されてるようじゃ、おれも偉そうな口は叩けないな。自戒のつもりで、奥歯を噛んだ。

「やっぱり」
「…何がだい」

へらりとした笑みを浮かべたままそう呟いた彼女は、一人で納得したかのように頷いている。泣きそうだったり、怒ったり、笑ったり、忙しく変わる表情にはどうしてもじゃないが追いつかない。ふと、古い記憶の中、それと重なるものが蘇った。たぶん、あいつが今のこいつと同じような年だった。という事はおれもそうだったという事だが。暑い日だったのは憶えている。船内の数少ない影の中、昼時、もう少しで読み終えそうだった本を読み切ってしまいたかった。そんな時に昼飯だと呼びに来て、そのままおれの隣に座って、一人で百面相をしていたあいつ。何を思っていたのかは知らないが、それが気になってもう活字は頭に入ってこなかった。もう風化しきったと思っていた、随分と古い記憶が、何故このタイミングでここまで鮮明に蘇る。

「マルコ隊長」
「ん?ああ、悪い」
「…ほら、やっぱり」

古い記憶で思考を霞ませていたおれは、やっぱりというさっきと同じ言葉で連れ戻された。今度はどこかしたり顔で笑っている。続きを促すつもりで、黙っていると、怒ったと思ったのか、また一人でわたわたと慌てだした。

「あ、いや、やっぱりていうのは、その」
「落ち着けよい」

何を言うつもりなのかは知らないが、どうしたのか。まぁ何せよ、この店に入ってきた時と比べると随分と顔色は良くなっている。見守るというのに近い感覚で待っていると、ちらりとこちらを窺ってから口を開く。

「ポーカーフェイス」
「…が、どうした?」
「今日は下手ですよね」

一瞬、どう返事をするべきか迷った。言い淀んだ挙句、言う事がそれか。確かに、今日この場ではそうかもしれないな。苦笑に紛れて、言うべき言葉を探している内に、また勝手に勘違いをしたのか、返事を待たずに言葉を続ける。

「あの、いいなって思ったんですよ、その方が」
「いい?」
「さっきも黙り込んでる時、あの人の事を考えてましたよね」

何て事もないように言い当てられて、更に言葉に詰まった。そんなおれの様子を見て、彼女はくすりと笑った。いつの間にそんな女っぽい笑い方を覚えたんだ、お前は。心配されてるのを自戒するどころの話ではなかった。他人事のようにこいつを諭している場合でもなかった。当事者はいつだって自分以外でしかなかったというのに、気付いてないだけでおれも当事者の一人だったという事か。いつから、なんてあの古い記憶のように定かではなかった。それはわかっているにも関わらず、それでもつい後悔するように考えてしまう。いつから、おれはおれ自身でさえ客観視するようになったのか。つまり、いつから、おれはあいつから目を逸らすようになったのか。

「昨日も思ったんです、いいなって」
「…昨日?」
「あの人も、昨日、部屋でそんな感じだったので」

最初は、余裕そうに待ってるのが凄いなって思ったんです。本とコーヒー片手に優雅で。でも、マルコ隊長の事考えてますって雰囲気で、それがまた大人っぽくて綺麗で。凄いな、あんな顔できるんだなって……そう喋り続ける声が、そんなはずはないのにゆっくりとフェードアウトしていくようだった。ほんの数十分前、お前らは似てるな、とこれも他人事としてこいつに言ったばかりなのに。どうして、おれたちは、いつから。そんな答えようもない疑問が頭の底に沈む。手に取ったコーヒーカップはとっくに空になっていた。

「きっと隊長達自身が思ってるよりポーカーフェイス、下手ですよ」
「安心しろ、それでもお前らよりは下手じゃねぇよい」

少し得意げになって言ってきたのを、すぐに切って返すと、むっと唇を尖らせた。見知った子供染みた表情だが、これからは幼い青さしか感じないという事はないだろう。悪かったな、もっとガキだと思ってたよい。言葉にはせず内心で詫びたのだが、それが聞こえているかのようなタイミングで、悪戯っぽい笑顔になった。その表情はどことなくエースを彷彿とさせた。それはもしかすると、むず痒い程に幸せだなんて言葉に近いのかもしれない。

「じゃあ、似た者同士の2人同士ですね」

何かが晴れたような表情と声は、もう幼いとは思わないが、若くはある。お前達のむず痒さにおれ達をも当てはめてくれるな。けれど、もしも、それでもそうなのだと言ってくれるのであれば、柄にもなく年甲斐もなく、悪い気はしないのだろう。

「…出るか」
「そうですね」

ごく自然と腰を上げた。2人分の代金を払って、店を出る。もうすっかりと昇りきった太陽が、来た時とはまるで違う道であるかのように歩道を照らしていた。


気付く男


110804
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