随分と冷めたアールグレイを一口飲んで、そっとマルコ隊長を窺う。テーブルの上の皿は全て空になっているというのに、マルコ隊長は未だに彼にしては珍しい表情を浮かべたままだった。何となく喋りかけ辛いような、声をかけるべきなような、でも私なんかが何を言えるでもないし。そう思いながら、もう一口飲む。カップの底に沈んだ茶葉の欠片が静かに揺れる。

「悪いな」
「え?」

不意に聞こえたマルコ隊長の声に、カップから視線を戻す。隊長はもういつものようにゆるりと笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。

「お前は本当に顔に出やすいな」
「え、何か変な顔してました?」
「おれに気を遣ってるって顔してたよい」

そんな事はない、と慌てて誤魔化そうとしたら、マルコ隊長はまたしても笑う。ああ、どうせこれも顔に出てたんだろう。流石は我らが一番隊長だ。どうせなら、二番隊長もこれくらいの鋭さがあればいいのに。ああ、いけない。またこんな思考。マルコ隊長達でさえ色々あるんだ。だったら、私達なんか滅茶苦茶でしょうがない。そう納得しようとして、それでも、やっぱり溜め息が出る。頭で理解できるからって、それで即刻気分を切り替えられる程、優秀じゃない。

「…ポーカーフェイスって知ってるかい?」
「うるさいですよ、もう」

さも面白そうに私を観察するマルコ隊長から、ふんっと視線を逸らして、カップの最後の一口を飲み干した。そうしながらも、視界の端にちらりと入った隊長の笑みが、昨日の昼間に買い物に付き合ってくれた彼女に重なった。干渉しすぎないのに、距離がある風には感じなくて、それでいて心地いい温度の笑み。買う服に悩んでいると、さらりとアドバイスをくれて、でも最終判断は自分でしなさいと言った彼女。羨ましいというよりまだまだ手の届かない憧れのような優美さ。二人は似ている。

「似てるなァ」
「はい?」

私が考えていたそのままの言葉がマルコ隊長から発せられて、思わず間抜けな声が出た。一瞬、口に出していたのかと思ったけど、だとしたらマルコ隊長の楽しんでいるような声色は変だ。どういう意味かと視線で問うと、マルコ隊長がコーヒーを一口飲んでから、思い出すような口調で話し始める。

「エースもポーカーフェイスが下手だったよい」
「…エース?」
「あァ、昨日の酒場で、エースの奴、サッチに巻き上げられてたからな」

ああ、と容易に想像がついた。大方、心理戦が鍵になるポーカーのようなギャンブルで負けたのだろう。いつもそう、やめとけばいいのにムキになってやるものだから、たちが悪い。私は自分が顔に出やすいとわかっている分、そういうゲームはしない。全然似てない。

「ポーカーフェイスが苦手ってだけじゃないですか」
「いや、そうじゃねぇよい」
「何がですか」
「負けたエースにサッチがポーカーフェイスを覚えろって言ったんだよい」
「…はい」

話が見えなくて、とりあえず相槌を打つ。マルコ隊長の表情を窺おうにも、いつもと変わらない様子で、この人のポーカーフェイスはたまに腹立たしい。

「サッチがポーカーフェイスを覚えるなら大人の女と寝ろって教えてなァ」
「…それで?」
「勿論、あんな酒場にゃそんな女は周りにたくさんいたしな」

あ、聞きたくない、と反射的に眉間に皺が寄る。もしかして、帰ってきた時に聞こえた、妙に機嫌のいい声はそのせいだったんだろうか。賭けに負けたんだったら、あんなに機嫌がいいはずがない。ああ、やっぱりそうなのかもしれない。思考回路は回りだすとどんどん転落していく。

「そんな顔するような話じゃねぇよい」
「…どういう意味ですか」
「エース、怒ったんだよい」
「怒った?」
「ああ、サッチが、お前の事を言ったからな」

ここでどうしていきなり私の事が出てくるのか。マルコ隊長の話はやっぱりわからなくて、わからないなら私はとりあえず黙っておく事にした。

「たまには、船で走り回るようなガキ臭さのねぇ大人のイイ女を知っとけって言ってな」
「サッチ隊長め…」
「許してやれよい。相当、酒が回ってたんだ。それに、」
「それに?」
「エースがその分、サッチを殴ってる」

マルコ隊長に視線を向けたまま、思わず数回瞬きをした。サッチ隊長が酒が入ると典型的な酔っぱらいの饒舌になるのは知ってる。本気でショックを受けたりしない。それはエースだって知ってる事だ。きっとエースもかなり酒が回ってたんだろう。でも、変な話だけれど、少し気持ちがふっと浮いた気がした。何だか可笑しくなって笑ってしまった。

「って事は、マルコ隊長は大変だったんじゃないんですか?」
「全くだよい。あんな女よりあいつの方が可愛い!なんて大声で言い出すエースを落ち着かせたりな」

ろくに飲めやしねぇ、と言いながらマルコ隊長の視線が私に向けられる。すると、マルコ隊長は頬杖をついて、やれやれと言うようにスッと笑った。わかっている。どうせ私は今もポーカーフェイスなんてできずにいるんだ。笑いたいのか、怒りたいのか、泣きたいのか、喜びたいのか、もう何なのかわからない。無神経だし、勝手だし、ガキだし、心配かけるし、落ち込ませるし、不安がらせるし、エースなんて大馬鹿野郎なのに、会いたい。もう認める。似てるよ、私達きっと。ポーカーフェイスもできないし、私だって無神経で勝手でガキで。だから、エース。今、私と同じくらい会いたいと思っていてくれるなら嬉しい。

「ポーカーフェイスなんてできなくていいのかもなァ、お前らは」

意図してかどうかは知らないけど、お前らは、という言葉が強調されて聞こえた。だけど、きっと、そんなのはマルコ隊長達だって一緒だ。と言おうとしたけれど、その前に目が合ったマルコ隊長は、わかっていると言うような目をした。


悪口を言われた女


110526
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -