これも一種の職業病だ。そろそろ船に戻らねぇとナミさんに怒られちまうってのに、買ったばかりの食材にも直射日光は良くねぇってのに、足は人垣ができている方へ向かう。目はその向こう、青空の下に並べられた食材と見るからに自信満々なコック。辺りに漂う香ばしい香りは悪くねぇ。

「さぁ!完成です!当レストラン料理長の自信作です!」

マイクを持って高らかに、舞台の端で司会者。成程、そこのレストランの新装開店イベントか。グリーンを基調にした洒落た外壁の建物に盛大な花飾り。その前でコックが調理を実演している。さっとフランベしてフライパンから炎が上がると、観衆からも歓声が上がる。

「さぁ!完成です!」

司会者の声と同時にファンファーレが鳴る。コックが手早く盛り付ける。その手際も悪くねぇ。これだけの食材が手に入る島のレストランと言うだけの事はある。それを見届けて、いい加減に船へ戻ろうと思ったその時、司会者の陽気な声が響く。

「では、そこのお嬢さん!ご試食いかがですか?」
「…私?」
「えぇ、クールなお嬢さん、お名前は?」
「……ナマエだけど」

聞き覚えのある声と名前に思わず振り返った。司会者が声をかけた彼女の方へ人垣が僅かに割れた。微妙に空いたスペースから見えたのは、ベリーショートの茶髪と凛とした目。見間違う筈はないナマエだった。彼女も船へと戻る途中たまたま通りかかった、否、彼女の事だからきっと通り過ぎようとした所を呼び止められたのだろう。片眉を少し吊り上げてやや迷惑そうな表情を浮かべている。

「さぁさ、こちらのお席へどうぞ!」

半ば強引に席へ誘導され、ウェイターが恭しく椅子を引いてナマエを座らせる。俺はたぶんこの広間にいる誰より真剣にその様子を見ていた。普段から俺に対しても、俺の料理に対しても口数の少ない彼女が、あのコックの料理に何と言うのか興味があった。いや、違う。女扱いされるのを毛嫌いする彼女と初めて会った時に『ナマエちゃん』と呼んだら激しい嫌悪の目で見られて、それ以来嫌われてんじゃねぇかという疑問があった。つまり、あの料理を彼女が評価しない事で安心したいらしい。小さな溜め息の後、ナマエがフォークを口元へ運び、そして食べる。

「いかがです?」

笑みを崩さない司会者からマイクが向けられ、会場は彼女の言葉を待つ。思わず身を乗り出してしまう。俺だけが、観客とも料理を作ったコックとも司会者とも違う奇妙な緊張。

「美味しい。焼き加減もスパイスの具合も丁度いい」

俺に向けられた事のない言葉が、スピーカーを通してここまでしっかり聞こえた。何とも妙な苦味が走って、頭を掻く。どうやら俺はよっぽど嫌われてるらしい。ああ、思ってたよりキツイかもしれない。苦笑というには少しばかり情けない笑みが浮かぶ。だが、まぁ仕方ない。再び船に向かって歩き始める。

「感想何でも言っていいのよね?」

マイクを戻しかけていた司会者は慌て再び彼女へ向ける。俺の意識も再び戻る。これ以上聞いても、と思うものの、やはり気になってしまう。真っ直ぐに通る彼女の声をどうしても耳が拾ってしまう。つい振り返ってしまう自分自身に呆れる。

「勿論ですよ。何でしょう?」
「悪いけど、うちのコックならもっと美味しく作れる」

さっきまでにこやかだった司会者の表情が固まる。舞台上のコックが一瞬、唖然としてから眉間に皺を寄せる。それを察知したのか、役目を終えたと判断したのか、ナマエは早々に舞台から降りる。観客でさえ微妙な表情を浮かべて、呆然と彼女を見送っている。呆然と彼女を見ているのは俺も同じ事だが、意味は違う。ざわめき出す会場の端で、ゆるゆると口元を手で覆った。いつの間にか、くわえていた筈の煙草は足元に落ちている。ヤベぇ、クソ嬉しいじゃねぇか。ナマエから目が離せない。おいおい、どーすりゃいいんだ、こりゃ。既に船に戻る方向、つまりは俺のいる方へ向かって来ている彼女に、俺はどういう顔をしていればいいのか。


秘密にHe meets

110409
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -