いつだって俺は子供扱いされる。今もまたあやすように頭を撫でながら、彼女は笑った。笑いながら、少し眉間に皺が寄る。そんな癖さえ知ってしまう程、彼女に慰められてるのかと思うと、格好なんかつくはずもなかった。逆に、同じだけあいつと喧嘩したのかと思うと、腹の中が妙に重くなるような後ろめたさを感じた。足元に置いた女物の店の紙袋ガサリと鳴った。

「まだ見ちゃ駄目よ。見る時は…」
「わかってる」
「そう、それは失礼」

そこまでガキじゃない、と言いかけてやめた。俺が飲み干したティーカップを片付ける彼女の笑みには、どうも昔から勝てる気がしない。でも、俺もバカじゃない。あいつが買ったこの服は、あいつが着ないと意味がない。そして俺は、どうしたってその時は笑顔のあいつが見たいと思ってしまう。なのに、そう思えば思う程、マルコの後ろについてここから離れていったあいつの後ろ姿が脳裏にちらついて、どうしたらいいのかわからない。

「…何て言ったらいいんだ」
「喧嘩の後はごめんなさいでしょ」
「ガキかよ」
「ガキも大人も共通よ」

そう言いながら彼女は、宿の備品なのだからそのまま置いておけばいいカップを律儀に洗う。彼女のように気が回る程大人じゃない、けれど、素直にごめんなさいと言えばいいだけの子供でもない。もうとっくに大人でいたはずなのに、あいつが関わるといつもこうだ。思考は追いつかない。どうすればいいのか見当もつかない。中途半端だ。格好悪くてしょうがねぇ。それでも、お前がいい。一緒にいたい。そんな事、口に出せる訳がない。いっそ、それが言えてしまうくらいガキなら良かったのかもしれない。

「あら、いい顔ね」
「いい顔?」
「あの子の事、精一杯考えてますって顔に書いてある」

さも可笑しそうに笑いながら、こちらに戻って来る。ポーカーフェイスなんてできた試しがない。気まずさだか苛立ちだかわからないまま、がしがしと頭を掻いた。また彼女が苦笑のように眉間に皺を寄せて笑う。子供のように慰められてばかりの俺の何がいいのか。

「あの子も、昨日エースを待ってる時、そんな顔してた」
「あいつが?」
「エースエースエースって書いてある顔」

彼女がすっと窓を指差す。その窓の先に向かいの宿がある。俺達の泊っていた部屋の窓があった。この部屋からなら確かによく見える。それも、深夜で他に明かりの点いた窓がなかったなら尚の事だろう。

「ずっと落ち着きなく心配そうに待ってたよ」

さっきまでいた宿の部屋を見ながら、じくりと胸が痛んだ。まるで映像を見ているかのように、不安げに俺を待つあいつを容易に想像できた。あいつの性格くらい知っていたはずなのに。ああ、くそ、何やってんだ、俺。

「いいね、アンタ達」

よくねぇよ。笑顔を絶やさない彼女にそう言って溜め息の一つでも吐いてやろうかと思って、そこでようやく気付いた。あいつの様子を知ってる彼女だって昨日はマルコを待っていた。そして、さっきあいつと慰めるように連れ立つマルコを見送っている。

「なぁ、なんで笑ってられるんだよ」
「…言ったでしょ、慣れてるの」
「慣れるのか?」
「えぇ、私はね。アンタ達は駄目よ?」

そう言うと、彼女はまた笑った。またしても、俺はそこでようやく気付いた。彼女の笑い方は癖なんかじゃない。眉間に皺を寄せて、苦しいのも辛いのも噛み殺して笑ってる。笑顔をただただ笑顔としか思ってなかった俺は、あいつがこんな風に笑ったらどうしたらいいのか、それこそわからない。そんなガキの俺を見ながら、大人の彼女はまた笑って、その方がいいよと言った。どうしてここにいるのがマルコじゃなくて、何もできない俺なんだろう。どうしてあいつが今どんな顔をしているか見ているのが俺じゃなくて、マルコなんだろう。


笑わせる男


110120
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