泣きそうな顔をしながら紅茶のカップを見つめる。その顔は女というには幼く、少女というには抱えるものが複雑だ。彼女はそういう時期なのだと思うと、やはり笑みが漏れる。同じ船の年下のクルー同士のちょっとしたすれ違いだ。暖かく見守るだとか、そういう気持ちが無い訳じゃない。けれど、その純度は100%じゃない。苦みに似た奇妙な哀愁が混じる。

「今日、出航ですよね」
「ああ、そうだよい」

エースの事を考えています。不安だし気まずいけど、でも、出航までにちゃんと会って話したい。と、見るからに顔にそう書いてある彼女。彼女から視線を逸らして、コーヒーを一口飲む。流石はカフェだ、いつも船で飲むより香り高い。そう思った瞬間に、フラッシュバックするようにあいつの顔が浮かんだ。決して幼さなど持たない女の顔だ。あいつの淹れるコーヒーは少しばかり濃い。最初は、ああ濃いなと感じた味が今ではいつもの味になっている。そして、その事に今になって気付いた。豊かな香りを漂わせるカップが、どこかしら物足りない。

「隊長でもそんな顔するんですね」
「そんな顔?」
「悲しそうですよ」

彼女が指差した先、店の壁に掛った鏡の中に俺が映っていた。鏡の中の男は、一瞬驚いたような目をした後、口角を微かに上げた。若い彼女は見間違えたのだ。これは悲しみなんかじゃない。妥協に慣れて、調整に疲れた情けなさだ。

「悲しそうに見えるかい」
「え?はい」
「そうかい」

さっきまでの曇った顔をしていたのに、今は純粋に頭上に疑問符を浮かべる彼女はやはり幼い。いや、可愛いというべきなのかもしれない。けれど、素直に純粋さを持った目を直視するのは、俺には少し気が重い。

「ほら、また」
「…何がだい」
「また悲しそうな顔しましたよ」

これは悲しみなんて可愛いモンじゃない。そう言ってやろうかと思って、見るともなく視界に入った鏡に驚いた。何十年と見てきたはずの自分は、いつの間にこんな笑みを浮かべるようになったのか。さっきは確かに苦笑を浮かべたのは自覚した。むしろ、苦笑を象ったと言ってもいい。それなのに、鏡に映った男は苦笑というには無様な笑みだ。ひょい、と横から鏡に飛びこんできた少女の顔が、ほらね、と唇を尖らせる。

「悲しい、ねェ」
「隊長達も何かあったんですか?」
「隊長達も、か」

お前らと同じ括りでいいのか、と言った所で彼女に意味は通じないだろう。自分達が持ってるモノが得難く輝かしいと気付いていないお前達と同じでいいのか。失う事でしか気付かないものは、コーヒーどころじゃないとわからないだろう。ああ、俺は悲しいのだろうか。悲しいとは、こうも寒々しいものなのか。

「昨日だって円満だと思ってたのに」
「円満も何も戻った時には寝てたからなァ」
「え?なんで?」
「なんでって言われてもな…」
「だって、余裕そうに読書して待ってましたよ」

きょとんとしている彼女を目の前に、俺までどうすりゃいいのかわからない。あいつは俺が戻った時には確かに寝息を立てていたはずだ。確かに窓辺に本は置いてあったが。

「エースが帰ってくる直前に見たら、明かりついてたのに」
「…何のつもりだ、あいつは」

それが本当なら、あいつは俺が戻る直前にベッドに入ったのか。窓辺のあの席にいたなら、騒がしいエースやサッチの声も聞こえただろう。戻ってきたのを知ってから、明かりを消したのか。なら、だとしたら、あいつはどういうつもりで俺を待っていたんだ。どういう気分であんなラブストーリーを読んでいたのか。もしも狸寝入りだったのなら、どういう気持ちで俺の独り言を聞いていたのか。

「知らなかったんですか、待ってたの」
「あぁ」

驚いた顔をした彼女が、それでもすぐに納得したような、大人びた顔を見せる。こいつがこんな顔もできるのか、と末娘の認識を改めた時、彼女はそっと壁の方を指差した。そこにある鏡には、眉間に苦々しい皺を寄せた俺がいた。

「悲しそうですよ」
「…あぁ、そうだな」

ふっと苦笑を漏らしたはずの鏡の中の男は、奇妙に目元を歪めているだけだった。


笑う男


110120
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