「来ると思ってたから開けてるよ」

戸惑いがちなノックに返事をすると、案の定、気まずそうな顔をしたエースが入ってきた。ムスっと怒ったような顔をしていても、その目には既に後悔に近い寂しそうな色が浮かんでいる。思わず苦笑してしまいそうになるのを堪えて、たった今いいタイミングで紅茶を注いだばかりのティカップをテーブルの上に置く。

「飲んだら?温まるよ」
「あぁ、悪ぃ」

私がエースに何があったか察しているように、エースも私とマルコが喧嘩をしたと思っているのだろう。何も言わずに大人しく席に着く。その時に、エースが明らかに女物のショップの紙袋を持っている事に気付いた。それも見覚えがあるロゴの入った物。間違いなく、昨日あの子の買い物に付き合った時にあの子が買った物だ。

「ねぇ、エース、その袋」
「あいつが忘れて行ったんだよ」
「そう」

違う。きっとあの子の事だから置いて行きたかったんだろう。せっかくあの子に似合う派手すぎず可愛すぎないニットワンピースだったのに。その中身の意味など知らないに決まってるエースは、指摘されたと同時にやり場のなさそうな溜め息をついてその袋を足元に置いた。その投げやりな動作が何とも言えずに微笑ましくもあり、その若々しさにやはり少しだけ溜め息をつきそうになった。

「なぁ、これ、アールグレイか?」
「そうだよ、よくわかったね」
「人工で香り付けした茶葉だからわかりやすいって、あいつ言ってたからな」
「ふふ、そう」

つい笑ってしまった私に気付いたエースはすぐにしかめっ面を深くした。ナチュラルに口にしてしまった自分に苛立たしそうに紅茶を飲むエース。そんなエースを見ていると、つい見守る気持ちになっている自分に気付いた。状況としてはエースと同じだというのに、苛立ちまでいかなくてもせめて心配くらいできないものか。自分用に淹れた同じアールグレイと一緒に自嘲の笑いを飲み込んだ。

「普通なんだな」
「私がって事?」
「ムカついたりしねぇのか?」

あからさまに視線を外して、眉間に皺を寄せたまま、そんな事を言うと自分がムカついてると認めているみたいで嫌だと、全身で語ったまま言う。そんなエースが可笑しくて可愛くて、それが酷く胸に刺さった。こんな風にぐちゃぐちゃになる思考回路はもう持っていない。私の回路は体裁だとかプライドだとか他の色んな情報が入っていて、恋愛感情なんていうたった1つの事でオーバーヒートする事は無い。あんな風に馬鹿馬鹿しいくらいの熱を持ってぐるぐると悩んでしまえる若さが眩しい。

「慣れるとね、余裕も出てくるのよ」
「マルコもそうなのか?」
「え?」
「さっき窓から見たマルコもそんな顔だった」

思わず壁にかかった鏡に視線を向けてしまった。私はどんな顔をしていたんだろう。鏡に映った私はただ唖然として見つめ返してくるばかりで、どんな顔をしていたのかなんてわからない。マルコがどんな顔をしていたかなんてわからない。自分の顔なんて見えない。マルコの顔は見えたはずなのに。頭を抱えてしまいたい衝動を抑えて、少し冷えた紅茶をまた一口飲んだ。ちらりと視界に入った可愛らしい紙袋の中身の意味を知ったらエースはどんな顔をするんだろうか。

「エース、その服ね」
「ん?あ、これ服なのか」
「そう、あの子が昨日ずいぶん悩んで買った服」
「それがどうかしたのかよ」
「エースは気に入ってくれるかなって、あれこれ考えてた」

そう言われた可愛い末っ子は不意をつかれたように息をのんでから、じっと視線を紙袋に落とす。それから、紅茶は香りを楽しむのだといつも言っているあの子に怒られそうな飲み方でカップを呷った。やれやれ、なんて苦笑を洩らしながら、予想通りのリアクションを見せられて、溜め息を飲み込んだ。もう何度目ともつかない。後悔と自己嫌悪に襲われていると全身から伝わるエースの素直さが憎めない。

「そんな服、置いて行ってんじゃねぇよ」
「本当に。可愛いよね、あの子もエースも」
「…っくそ」

がしがしと頭を掻いて、それでもその紙袋を持って今すぐ飛び出したりはできない馬鹿みたいなプライドが可愛い。本当に馬鹿だ。だから、思わず失笑しそうな内容の本に気付いておきながら、黙ってそっと出て行くような、そんなつまらない賢さを持たなくていい。

「余裕なんてなくていいのよ、エース」

顔を上げたエースは苦しそうな、もう少しで泣いてしまうんじゃないかとも思える目をしていた。エースの黒髪を宥めるようにポンポンと撫でて、私は笑う。さっき窓から見たあの子もそんな顔してたのよ、とは言わないでおいてあげよう。きっと更に苦しそうな顔をすれでしょう。代わりに私は笑う。たぶん今、マルコならきっとそんな苦しそうな顔はしてくれていないはずだから。


泣けない女


(101203)
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