海岸近くまで歩いて、一軒のカフェレストランに入った。歩いている内にだんだんと朝靄も薄れて、町の人も起きてきたようで、店内の半分程の席が埋まっていた。マルコ隊長の後に続いて席に着く。そこは少し奥まって客も周囲にいない席で、隊長の無言の気遣いに、ついまたエースと比べてしまいそうになって溜め息を飲み込んだ。

「好きなモン頼みな」
「あ、はい」

メニューの最初にあったモーニングセットを言うと、マルコ隊長が近くにいた店員にオーダーする。その一連の流れがスマートで、おまけにナチュラル。マルコ隊長を見ていると、昨夜ゆったりと窓辺で読書をしていた彼女を彷彿する。だめだ、今はどうしたって思考回路が暗い。

「あの、いいんですか」
「何がだい」
「今、宿に一人ですよね」
「あァ、あいつなら大丈夫だよい」

当然のように言いきられた。あたしなら全然大丈夫じゃない。もし、エースと彼女がこうして2人でどこかに行ってしまったら、どうしたって気になってしまう。だから、あたしは駄目なんだとわかっていても。マルコ隊長もあの人もあたしなんかとは全然違う。

「信頼してるんですね、お互い」
「あいつは俺がいなくても十分やってけるってだけだよい」

そう言いきれてしまうのが羨ましいのだというのに。マルコ隊長は謙遜なのだろう、眉間に少し皺を寄せて困ったような笑い方をする。そこには薄らと寂しさも見えて、きっとそれはあたしに対する同情だと気付いてしまうと、胃がずんと重くなるような悲しさが生まれる。いや、違う、これはきっと羨望だ。

「いいですよね、隊長達は余裕があるって感じで」

そう言うと、マルコ隊長はまた少し困ったように笑う。何だかそれさえも余裕が漂っているように見えてしまう。私達とは何もかもが違う。いや、もう私達なんていう言い方で括ってしまえるのかも自信を持てない。また溜め息をつきそうになる。

「余裕、ねぇ」
「すみません、変な事言いましたね」
「全くだよい」

マルコ隊長がさっきとは違って、可笑しそうに笑う。その意図が掴めなくて、頭上に疑問符が浮かぶ。けれど、その笑みを象っていた目が、すぐに窺うように細められる。

「余裕があるのは羨ましいかい」
「え、そりゃあ、無いよりは断然」
「そうかい、若ぇなァ」

決してマルコ隊長に悪意は無いのはわかっているけれど、少しムッとした。その言葉にさえ薄ら見える余裕の色が羨ましくもあり、いっそ腹立たしくもある。若いなんて褒め言葉じゃない、青いと言われているのと一緒だ。悔しい、悲しい、そんな事を思う自分も嫌だ。

「そんな顔するんじゃねぇよい」
「あ、いえ…」
「大事にしろよい、その若さは」
「はい?」

またしても意味をはっきり把握できないままの私を見てマルコ隊長が再び笑みを浮かべる。けれど、何だかどこか寂しげに見えて、一瞬でもムッとした表情を読み取られた自分を後悔した。

「余裕ってのは、慣れや妥協と紙一重だよい」

そう言ってそっと煙草をふかすマルコ隊長を見て、ようやく気付いた。そうだ、こんな朝からマルコ隊長はどうして宿を出てきたんだろう。自分の事ばかりで思いもしなかったけれど、もしかしたら、隊長達も同じような事があったのかもしれない。推測でしかない考えを持ったまま、何て返事をするべきかわからなくなった。そうしている間に、ウェイトレスが料理を運んできた。香ばしいモーニングセットの香りと温かな湯気が上がる。それから、隊長の前にはコーヒーが、私には紅茶が置かれる。

「あれ?紅茶って…」
「違ったかい?」
「いえ、でも、あたし言いましたっけ?」
「エースが前に笑ってたよい。お前が紅茶通で自分も覚えちまったってな」

すん、と鼻をかすめた柔らかな紅茶の香りがじわりと体に広がる。たったそれだけの事で、私の中でぐるぐると暗い渦を巻いていた思考が少し勢いを落とす。マルコ隊長はそれを見透かしたようにあたしを見た後、ブラックのコーヒーを飲む。他の食べ物にこだわりはないけれど、茶葉に関しては妙にこだわってしまうあたしの蘊蓄をいつも分からないって顔をして呆れて聞いてるくせに。あたしの気持ちなんて何もわからないくせに。なのに、こんな小さな事くらいで、あたしは少し泣きそうになってしまう。

「ホラ、冷めちまうよい」
「…はい」

マルコ隊長はやっぱり大人で、あたしなんか余裕で見透かしてて優しい言葉と柔らかな苦笑をくれる。きっとエースはこんな優しい振る舞いはできない。けれど、きっとエースはこの香りがアールグレイだって事はわかるはずだ。


泣きそうな女


(101203)
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