「眠くねぇのかい」
「海が暗いから」
「噛み合ってねぇよい」
「寝るのが勿体ないのよ」
「そうかい」

意味はわからないけど、いつもの事だ、とでも言うかのような苦笑と共にマルコが来た。船縁に肘をついて夜の海面を見ている私の隣で、マルコは船縁に背を預けて腕組み。海に背を向けるみたいに。と感じたのは感傷的過ぎるだろうか。

「暗い海って嘘みたいに静かだよね」
「あぁ」
「静かで、綺麗で、優しい」
「あぁ」
「なのに、誰も見てない」

勿体ない。そう言う前にマルコがフッと笑う。ああ、泣けばいいのに。眉間に皺を寄せて、そんな顔をするくらいなら、泣けばいいのに。マルコを見る度に思う。けれど、言わない、言えない。

「マルコ」

気付いたら隣にいたマルコに抱きついていた。夜はいけない。特に海はいけない。感傷的になる。暗い海を見ていたら泣きたくなる。どうして海はこんなに大きいんだろう。どうして私はこんなに小さいんだろう。こんなに小さな私なのに、どうして救えると思っていたんだろう。

「心臓の音が聞こえる」

何も言わないのはマルコの優しさだ。抱き締め返さないのはマルコの強さだ。オヤジがいない、エースがいない、サッチがいない、この海がこんなにも大きい。それを痛感しているのはマルコだって同じだろうに。いや、きっと私以上だ。私はあの後、彼が泣いている所を見た事がなかった。それが寂しい。それが哀しい。私達はどうしようもなく生きている。

「………」

私の頭の上でマルコが煙草の煙のように長く息を吐く。それさえ聞こえる沈黙が優しくて強くて馬鹿馬鹿しくて痛い。痛い。痛くて、涙が流れそうだ。私が泣いたら、この男も泣いてくれるんだろうか。

「どうしたらいいんだろうね」
「何が」
「私達はどうするのが正解なんだろう」

マルコはまた笑う。泣けばいいのに。泣けばいいのに。泣けばいいのに。そうしたら、私だって泣いてしまえるのに。同じ傷を持って、その傷を舐め合うみたいに、そんなロマンチックな泣き方ができるのに。それができなくて、痛くて、私もまたグッと力を入れて笑っている。正解なんてどこにもないのだ。

「わからねぇなら、海にいるしかねぇよい」
「海に?」
「あぁ、この海に」

そっと海を見る。暗く静かな海を見る。荘厳に眠る海を見る。穏やかに揺蕩う波が月明かりを受けてきらりきらりと光る。私をオヤジをエースをサッチをマルコを皆を、いつだって乗せてくれていた波がそこにはあった。誰もがこの波に乗って呑まれて包まれてここまできた。生きた証は、生きる証は、全て海にあった。じわりと目頭が熱くなる。その瞬間にマルコの腕が私の肩に回る。

「泣いてないよ」
「泣いてんのと変わらねぇよい」
「マルコだって」

続きを言う前に唇を塞がれる。抱き締めるより優しくて強くて痛いキスだった。だから私もマルコもやっぱり笑ってしまう。きっと、私が泣いたらこの男も泣くんだ。

「お前のせいだよい」
「何が」
「海が見たくなった」

そう言うと、目の前に眩しいくらいに青い不死鳥が現れた。輝く翼を広げて、船縁を蹴って飛ぶ。暗い海の上を、どこへとも告げずに飛んでいく。月明かりを緩く反射させていた波が、その光を受けて、驚いたように煌めく。海が泣いている、と思った。ゆっくりと小さくなっていくマルコの下に涙が続く。後ろ姿を見送っている内に、私の頬にも涙が伝う。やっぱり、私もマルコが泣けば泣くんだ。

「ずるい。私も翼が生えればいいのに」

月が少し傾いていた。朝が少しずつ近付いてくる。私達に当然のように明日がくる。マルコみたいに鳥にはなれない私は必死に涙を払い飛ばした。


飛んでけ

企画「マルかいてコ!」に提出
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