ふぅ、と短く息を吐いて頭上の星空を見上げる。マストのてっぺんのこの見張り台からだと、天文学的には意味の無いくらいの小さな距離でも甲板にいる時よりも星に近い。星が踊るように輝く空の下、酒を酌み交わしているのはさぞ楽しいだろう。私のいる見張り台の真下、甲板から聞こえる騒がしい宴の声を聞きながら、一人毛布にくるまった。仕方がない、不寝番は皆平等に順番。

「あー、寂しー…」

頭ではわかっていても羨ましいもんは羨ましいもので。ギャハハと品の無い笑い声が響くのを聞こえない振りをすればする程、マストから飛び降りたくなる。たった今、綺麗だと思った満天の星空さえ、たった一人でその中に放り込まれたようで酷く無機質に思える。

「くっそぅ…面白くない」
「だろうな」
「ッひぃ!」

言うともなく漏れた独り言に突如返ってきた声に思わず体がびくりと強張った。反射的に声がした方を見やる。見張り台の淵からひょっこり顔を出したエースが一瞬びっくりしたような顔をしてから盛大に笑った。

「お前、どんだけビビってんだよ」
「エ、エースがいきなり現れるからっ」

ぎし、とロープを軋ませてから見張り台の中に入ってくると、まだ笑みを崩さないまま私の隣に腰を下ろす。微かにふっとアルコールと煙草の匂いがした。下の宴の空気をそのまま背負って来たみたいだ。

「で、どうしたの?何かあったの?」
「何もねぇよ」
「は?何それ」
「ナマエが拗ねてんじゃねぇかと思ってよ」

へへっと笑ったエースに、うっと言葉に詰まる。別に拗ねてた訳じゃないけれど、いや、ついてないなぁとは思ってたけど、そんな事でわざわざ宴を抜けて来たのかと思うと、どうも目線を逸らしてしまう。

「図星じゃねぇか」
「違うから」
「………」
「………」

つっけんどんに返すと、隣でエースが小さく笑った。それっきり無音になる。静かになると、宴の喧騒がまた下からのぼってくる。エースと喋ってる間は聞こえてなかっただなんて、そんな事に気付くと、何だかむず痒いような妙な気持ちになる。落ち着かない。

「も、戻んなくていいの?」
「何だよ、いたら邪魔か?」
「いや、別にそうじゃないけど」

アンタが喋らないからどうしたらいいのかわかんないんだよ。とも言えずに、境界線の薄れた海と空を睨む。というか、何しに来たんだろう。そう考えると、自分に都合のいいようにばかり考えてしまって、一人で心音が上がる。いや、ナイ。うん、ナイないナイ。

「だってよ」
「えっ、あ、うん」

不意に話しかけられて声が裏返った。エースがちらりとこっちを見た気配がしたが、私は何事もなかったように遠い海だか空だかから視線を外さない。

「ナマエが、いねぇじゃねぇか」
「…そりゃ、不寝番だし」
「……いや…まぁ、そうだけどよ」

前言撤回。エース、喋らないで。もし、今のエースの言葉が私の都合のいい考え通りの意味なら、と思うと反射的にとぼけた言葉を返してしまった。じわり、じわり、と浸食するように体中を緩く温かい血が巡る。

「一人で見張りって、つまんねーだろ?」
「そりゃ、ね」
「ここ、いてやろうか…?」
「……うん」

頷いてから、恐る恐るそぅっと視線を隣にずらすと、エースと目が合った。すると、私より先にエースの肩が微かに揺れた。それを見て、私もびくっと肩が跳ねた。そして、お互い同じタイミングでぷっと噴出した。その瞬間、マストの下の宴会場からもガハハハと下品な笑いが起こった。寂しいだなんて言ってたのはどこのどいつだ。

「あー、おれ、格好悪ぃ」
「そうだね」
「うっせぇ」


不格好なロマンスとハピネス

101018

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