(ダブルキャスト番外編)
(今からずーっと前の話)






「マルコくーん、お昼の時間ですよー」
「おォ」

サッチに言われて、一向に食堂に現れないマルコを探しに、とりあえず甲板に出るとすぐに見つかった。燦々と、どころかギンギンと日光が突き刺さる。暑い。夏島が近いらしい。辛うじて日陰に入っているとはいえ、この暑い中、涼しい顔で本を読んでいるマルコが信じられない。私が呼びかけても生返事をするだけで、視線は相変わらず手元に落ちている。

「暑くないの」
「暑いよい」
「なんでこんな所で本なんか読んでられんの」
「何かに集中してる方がマシなんだよい」

成程、昼食を忘れる程に読み耽っていれば暑さも忘れるってか。そう言う割に額の汗を拭う為の手は頻繁に動く。私も炎天下に立ったままじゃ暑いのでマルコの隣の日陰に座る。その一瞬ちらりと私に視線を向けたマルコだったが、暑いと言わんばかりに怪訝そうな顔をされた。失礼な、わざわざ風下に座ってやったというのに。

「その本そんなに面白いの」
「まぁまぁだな」
「なのにお昼も食べずに読むの」
「キリが良くねぇんだよい」

言いながらも尚、活字を追って忙しなく目を動かす。普段、本なんて滅多に読まない私には理解できない集中力だ。マルコがまぁまぁと言いつつ読んでいる本のタイトルをこっそり盗み見る。コバルトブルーの表紙に書かれた賢そうな字面をしっかり目に焼き付ける。どこかで手に入ったら読んでみようか。

「先に行ってろい」
「いいよ別に」
「食いっぱぐれるぞ」
「そんなに食意地はってない」

喋りながらもずっと読み進めるマルコをそっと見ていた。するすると文字をなぞる目は真剣と言う程の勢いではなく、言うなれば優雅に近い。そう思ったら最後、僅かに感じられる程度だった風さえも涼しい気がしてくる。その風に攫われそうになるページを抑える指もいつもとは違って繊細そうに見えてしまう。つっと頬に流れた汗を、はっとして拭う。触れた自分の頬が心なしか熱い。いや違う、夏島付近を航海中の船の甲板にいるんだ、暑くて当然だ。

「何、見てんだよい」
「…別に、見てない」
「視線が気になるんだよい」

そう言われると返す言葉が見つからなくなって、あからさまに空を仰いだ。わっと騒がしくなった食堂の喧騒がここまで響いてくる。どうやら本格的に昼食が始まったらしい。それと反比例して甲板の方は静かになっていた。数人の見張り以外はいない。食事時にしかない静けさが漂う。隣ではらりとページを捲る音さえ聞こえる。やっぱり気になって、もう一度ちらりとマルコを見やると、ばっちり目が合ってしまった。

「な、何」
「こっちの台詞だよい」
「さっきは見てなかったでしょ」

1回だけ派手に跳ねた心臓を無視しても語気が少し荒くなる。マルコは黙ったまま少しの間私をじっと見た後、はぁとこれぞ溜息という溜息を吐いた。何よ、と言う間もなく、そのまますぐにマルコは手の中の本をぱたんと閉じた。

「あれ、もういいの」
「お前がいたんじゃ読めたもんじゃねぇよい」

呆れたようにさっさと立ち上がろうとするマルコに、むっとしながらも後に続いて立とうとしたら、食堂へ続く階段の方から見慣れたリーゼントが見えた。軽く手を振り返して、そちらへ歩いていく。サッチはにやにやと気色悪い笑みを浮かべていた。

「何だよマルコ、もういいのかよ、本」
「ああ、飯だろい」
「お前、いつもどこで誰が騒いでたって読んでんのになァ」
「うるせーよい」

ゴチンッとそこそこ派手な拳骨をサッチにお見舞いしてから、一度さっと私に視線を向けてからマルコは一人で先に行ってしまった。後には、頭を押さえて呻くサッチと、早とちりしてるんじゃないかと思いながらも妙に熱さが増すのを何とかしようとする私が残った。なんで、さっきの一瞬、私の方を、見るのよ。

「マルコの奴、お前がいると冷静に読書もできねぇんだってよ」
「う、うるさいっ」
「痛ぇ!」

ゴツンッとさっき聞いたような音を再び響かせて、サッチを甲板に伸してから食堂へ向かった。早く皆の喧騒に紛れてしまいたい。あ、ダメだ。マルコがもういる。いや、だから何だ。別に気にする必要は何もない。どうってことない。うん、大丈夫。そっと一息吐いてから食堂のドアノブを握る。

「いやー、今日はあついなァ、色んな意味で」

独り言にしては嫌に大きなサッチの声。私がドアノブを離してサッチの方へ戻るのと、マルコが食堂から飛び出してくるのと、サッチが跳ね起きて船首の方へ逃げ出すのはほぼ同時だった。


暑い熱いあいつ

Special Thanks Ms.Key
100711
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