窓際に立ったまま、ふーっと細く長く息を吐いた。溜息にはしたくなくて、重たくなりかけた気分を振り払うつもりで視線を二人の後ろ姿から逸らした。まだ人も疎らな朝の通りを歩いていくその後ろ姿からは朝の清々しさなど感じられない。豪快に見えて繊細なあの子の事だからきっとエースが帰ってろくに眠れずに夜を過ごしたんだろう。だから、その彼女を気遣うように視線をやって、彼女の荷物を手に先導するように歩くマルコの気持ちもわかる。我が一番隊の隊長がそんな彼女を放っておける訳がない。だからこそ私は溜息を誤魔化して見送る。

「嫉妬でもしてやればよかったかな」

いつまでも見送っているのは、いかにも未練がましい女のようだ。独り言にしては大きめに呟いて、読みかけのまま放っていた本を手に取った。昨夜と同じように椅子に座り、ページを捲る。けれど、おかしい。だいたい読みかけだった所に見当をつけて探せども、栞変わりの木の葉が見つからない。昨日の昼間にここへ来る道すがら見つけた小さな丸い葉。それが妙に可愛く思えて、栞の代わりにと1枚失敬した。昨夜も確かにページに挟んだ。おかしい。とりあえず、机の下へざっと視線をやると、すぐに見つけた。小さく薄い葉が机の下に落ちていた。でも、どうして落ちたんだろう。そう思っても思い浮かぶ要因は1つしかなかった。

「マルコ?」

この部屋で私以外にこの本に触れられるのはマルコしかいない。私が見ていない間に彼がこの本を手にしたんだろうか。小さな葉を拾い上げながら思い出そうとしたが、私がマルコから視線を外していた時なんて多すぎて見当がつかない。笑える。そんな私が美しい愛の物語を描いた本を傍らに置いているのを見てマルコは何を思ったんだろう。どうせならもっと別の愛なんて関係ない本を持って来ていればよかった。昔は読書なんてろくにしなかった私もここ5,6年は読書中の集中力も上がり、持っている本の数も増えた。そうなり始めたきっかけもまだ覚えてる。私と違って昔から割と読書家だったマルコが暇を見つけては読む本は、そんなに面白いのだろうかと気になって同じタイトルを買った。でも、それを知られるのは恥ずかしくて一人で部屋に籠って読んでいた。私にもそんな可愛い時期があったのだ。

「なのに、ね」

きっかけはマルコの気持ちを知りたいからだったのが、時が経つにつれてマルコの気持ちを知りたくないから、彼から目を逸らす為に活字をなぞるようになった。直視しなければ大丈夫。誤魔化しながら続けられた。一緒にいる時間が生むのは成熟や情愛なんかじゃない。慣れと諦観が足元で淀んでいる。それをもお互い見て見ぬ振りをする。刻々と遠ざかっていく2人の背中にをもう一度見る。エースが好きだと真っ直ぐ過ぎて打ちひしがれるその小さな背中を隣で見て、何を思っているの。

「やめよう」

気分が悪くなる前に不毛な考えはよそう。後ろ姿を視界の外へ追いやった。その結果、意識した訳ではなく、向かいの窓が目に入った。そして、すぐに笑いそうになった。苦虫を噛み潰したような、それでいて爪を立てるような勢いで視線を投げるエースがいた。勿論、その先に離れていく2人がいるのは見なくてもわかる。そんな目で彼女を見つめてやれるのが、そんな風に見つめられる彼女が、羨ましい程若い。

「あ」

ふとエースがこちらに気付いた。一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに気まずそうに視線を下げた。可愛い末弟に挨拶代わりに軽く手を振ると、頷くようにぎこちなく会釈された。随分と派手な声が聞こえていたのを思い出して苦笑した。そんな私を見てから、エースは困ったように視線を下げてからもう一度私を見ると、窓辺からすっと見えなくなった。本当に可愛い奴だ。私も、向こうの足音が聞こえてきそうな窓から離れてコンロへ向かう。

「エースはコーヒーより紅茶っと」


わかりやすい男


(100618)
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