かくっと頭が落ちそうになって目が覚めた。一瞬ここがどこだかわからなくて、ぼんやりと辺りを見回してすぐに宿屋だと思い出した。そのついでに、エースがベッドで大の字になって寝ているのが目に入って、一気に憂鬱な気分までも舞い戻ってきた。昨日は結局、あの後エースは酒も手伝ってかすぐにぐーぐー寝始めやがった。あんまりムカついたから隣のベッドで寝る気にならなくて、ソファに座って寝ないつもりでいた。いつの間にかうとうとしていたようだけど。

「無神経もいいトコでしょ」

堂々と寝息を立てるエースを見下ろして、思いっきり蹴飛ばしたい衝動に駆られたけれど、それすらも阿呆らしくなってやめた。本当にこいつ、寝に帰ってきただけじゃないか、と思うとそんな事すらする気にならなくなる。元いたソファに戻って、できるだけエースを視界に入れないように膝を抱える。そのまま何を見るでもなく、視線を彷徨わせていると、ドア近くの壁際に置いた紙袋に行き着いた。昨日、この島の繁華街で買った服が入った紙袋。あたしにしては思い切ったデザインのあの服を買う時に、エースはどう思うかな、なんて思ってしまった自分が虚しくなった。

「あたしだけ…」

思わず零れた独り言にはっとして、首を振った。そんな事は無い。私だけが好きなんじゃないか、とか、そんな事は考え始めたらきりがない。そもそも計る事のできないものを比べるだなんて馬鹿らしい。そこはある種の信頼で成り立つものなのだから、疑ってしまえばおしまいだ。船の中では末娘なんて言われるあたしでもそれくらいの頭はある。けれど、それでも、今はそう思う一方で、じわじわそんな余力を削いでいく焦燥感と虚しさに襲われている。

「エース」

こんなに考えてしまうのがいっそ憎らしいのに、その名前を声に出してしまうのが悔しくて悲しくて涙が出そうになった。嫌だ、こんな部屋で一人で勝手に泣いてるなんて嫌だ。じわりと痛くなった鼻をぐっと押さえてやり過ごした。部屋の外から少しずつ、人の声や物音が小さく聞こえ始めた。マルコ隊長たちはどうしてるんだろう、と向かいの宿が一瞬気になりかけたけど、またつまらない比較をしそうになって考えるのをやめた。静かに溜息ともつかない長い吐息は、床に落ちて淀んでいくような気がした。駄目だ、このままいたら気が滅入るだけだ。

「もう出よう」

エースを起こさないようにして静かに身支度をする。のろのろと立ち上がって、バッグを取りに行くのでさえ体が重かった。ふと、壁に掛った鏡を見ると、なかなか酷い顔をしたあたしが立っていた。ほとんど寝ていない目はどんよりと見えるのにショックを受けて、何とか笑顔を象ってみたら、更に疲れた気がして鏡からすぐに視線を外した。エースが起きる気配はない。

「捜してくれるかな」

このまま出て行っても出港までには船に戻らなくちゃいけないから、無理に捜さなくても半日程度でまた会う。それでもエースは捜してくれるのかな。笑えるくらいに自信がない。小さな苦笑を残して部屋を出ようとドアノブに手をかけた時に、壁際の紙袋を思い出した。けど、昨日買った時のちょっとした緊張に似たドキドキはどこに行ったのかと思う程魅力を感じなくなって、手に取る事無く、そのまま出て行った。何だかもう意地になって早足になって宿の階段を駆け下りて、エントランスのドアをくぐった。2人分の支払いくらいエースに任せる。

「どこに行こうか」

勢いよく出てきたはいいけれど、行きたい所も無ければ、散歩をしようかという気分でもない。まだまだ人影もほとんど無く、僅かな喧騒以外は静かな通りを眺めながら立ち尽くす。何やってるんだろう、あたし。はぁ、とはっきり溜息を吐いた途端に一気に脱力してしまった。もうどうでもいい。疲れに従順に何も考えずに宿の入口の石段に座り込んだ。白ひげ海賊団のクルーがこんな事でどうするんだ、と頭で思っても体はまるで動かなくて、今のあたしはただの馬鹿な女でしかなかった。


どこにも行けない女


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