「遅い」
「おー、悪ぃ悪ぃ」

宿のドアを開けてすぐに飛んで来た怒声に、誤魔化し笑いを向けた。久々に船じゃない場所で飲んで、気分がいい時に説教はごめんだ。文句なら明日の朝に聞いてやるから、とりあえず、今はまだ酔いを残しておきたい。ああ、それにしてもあの酒は美味かった。船に戻る前に買って帰ってもいいな。果実酒だったから、今、目の前で仁王立ちしてるこいつも気に入るだろう。よし、明日買いに行くか。いや、明日ってより、もう今日か。3時過ぎてるしな。

「ってか、お前、まだ起きてたんだな」

使われた形跡が無い方のベッドに寝転がって、時計を見ていた視線を下ろすと、さっきよりも強い怒気を含んだ目と目が合って、驚いた。何だと思うより先に眉を吊り上げた鬼の形相で、ずんずんこちらに近付いてきた。

「まだ起きてたんだなって何!」
「何って」
「エースを待ってたんじゃないの!」

語尾にやけに力を込めて怒りを隠さない。その苛立ち方に気圧されながら、言い返すにも何を言うべきかよくわからない。いつもならこれくらいの時間、いや、朝まででも甲板で飲んでるし、こいつも一緒だ。なのに、何をそんなに怒る事があるんだ。楽しく飲んで来て、珍しい酒を土産にと考えて、いい気分だったのが一瞬で吹き飛んだ。とりあえず、寝ころんでいた状態から体を起こしてベッドの淵に座り直した。

「久々の上陸で飲みに行くのはいいわよ!でもね、だからってこんな時間まで帰って来ないってどうなの!?」

腹立たしげに語気を荒げて、俺を見下ろす視線に俺も少し苛立った。もう保護者が必要な子供でもないというのに、少し遅くなっただけで何をそんなに怒るんだ。大体、こいつはオヤジの船に乗ったのも俺より後だし、年も変わらないってのに説教をされる意味がわからない。

「仕方ねぇだろ、マルコやサッチだって一緒だったんだ」
「全然、言い訳になってない」
「そう言うお前だって買い物とか行ってたんだろ、お互い様じゃねぇか」
「6時には帰ってたわよ」
「じゃあ、次から俺も昼に飲みゃいいのか」

仕返しとばかりに俺も睨み返してやれば、大袈裟なくらいに溜息を吐かれた。確かに時間を忘れて盛り上がってたのは悪かったと少しは思っていたが、その溜息で気持ちの全てが不快感と苛立ちに変わった。それを感じ取ったのか、元々顰め面だったのが、更に眉間に皺が寄っていくのが見て取れた。

「っていうか、香水臭いんだけど」
「ああ、匂いが移ったんだろ」

何が言いたいかくらいはわかっていたが、敢えて言い返して、挑発気味に鼻で笑えば、一瞬傷付いたような顔になったが、何も言わず俺に背を向けて窓の方へさっと歩いていってしまった。ああやっちまったか、とほんの少し罪悪感に近い後悔も生まれたが、すぐに知った事かとベッドのスプリングを軋ませる勢いで寝転がった。ちらりと窓際に立つ後ろ姿に視線をやれば、じっと窓の外を見ているようだったが、もうどこにも明かりの点いていない向かいの宿屋があるだけだ。何なんだ、せっかくの上陸だってのに開口一番喧嘩売ってくるなよ。少し前なら帰りが遅かったとしても、もっと可愛げのある怒り方してたっていうのに。もう面倒臭い、寝る。


苛立つ男


(100514)
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