「何怒ってんだよい」
「怒ってない」
「…そうかい」

それっきり黙る。マルコの方から何か言ってくる気配も無ければ、私の方から話しかける気も無い。両サイドを多種多様な店に挟まれた通りの喧騒だけが、私とは何ら関係ない事として賑やかだ。港町独特の潮風と活気の中、ずんずん足を進めてはいるものの、行き先は決めてない。いつもならマルコについて行くだけでいいのに、今日は私が先に歩いている。マルコの後ろを歩くのは嫌だ。それだけ私はイライラしていた。

「やぁ、お姉さん一人?」
「へ?」

苛立ちで満ちていた頭では咄嗟に何だかわからなかった。見知らぬ男が妙に愛想のいい笑顔を浮かべているのを見て、ようやくナンパかと気付いた。それにしても、マルコと一緒にいるのによく声かけてきたな。と、そこまで思って違和感に気付いた。今、この男、お姉さん一人?って言った。

「私、一人に見える?」
「そう見えるけど」

頭上に疑問符を浮かべる男の顔から視線を180度変えて、後方を見る。そこにいると思いこんでいた姿はなかった。さっきまでの苛立ちは霧散して、すぐに不安がせり上がってきて、思いっきり辺りを見回す。背後からナンパ男が何か声をかけてくるが気にしている暇はない。来た道を戻って見慣れた姿を捜す。不安感と焦りが大きくなりかけた時、立ち並ぶ店の軒先でマルコを見つけた。見つけたはいいけれど、安堵を感じるより先に、その光景に一瞬で爆発的な苛立ちが舞い戻ってきた。

「マルコッ!」

豊かな茶髪をウェーブさせた女と話すマルコに向かって、地面を踏み鳴らさんばかりに近付いていく。まだわかってくれてはいなかったんだ。私の声に気付いてもどうしたんだというようにこちらを見ているマルコに今すぐ平手を食らわしてやりたいくらいだ。昨日散々、綺麗なお姉さん方と飲んでたのに。そりゃ、サッチとかエースとかもいたし、皆でわいわいだったからいいけどさ。私も飲んでたけどさ。そういうの少なからず感じて欲しいのが乙女心じゃないか。あれ、ちょっと待て。よく見たらあの女、昨日バーにいた人じゃない。何なの何なの何なの。

「あら、この子が隊長さんの言ってた子?」

体の中でかっかと燃えるように苛立っていた私に、その女はふわりと人当たりのいい笑顔を浮かべた。ふっと控えめに香るヴァニラの香水がその笑顔を更に引き立たせる。それで一気に毒気を抜かれた。年齢も私よりもマルコに近いだろう彼女は正しく美女だった。しゅっと鎮火された苛立ちに代わって、次は寂しいような悲しいような微妙な気持ちが現れる。ここへ向かってきた時の勢いなんて何一つ残ってない。呆然と突っ立って、辛うじてそっとマルコの服の裾を掴む。

「本当、隊長さんの言う通りね」
「ああ、だから諦めてくれねぇかい」
「そうするしかなさそうね」

何、どういう事。なんて私が口出す間もなく、マルコにぐいと肩を抱き寄せられる。彼女はクスクスと品よく笑う。状況について行けずに疑問符を浮かべていると、マルコは良かったな、なんて言いながら至極楽しそうに微笑んだ。

「あなたのせいで私、フラれちゃったんだけど」
「あの、何が何だか」
「いい事教えてあげようか」
「え、はい」
「昨日の夜、隊長さん、私の事は美人って言ってくれたのよ」

相変わらず綺麗に笑う彼女に、どこがいい事だと言いたくなったが、まだ続きがあるのだと暗に示す笑みに黙った。何より焦る素振りも見せずに悠々と彼女の前で私の肩を抱くマルコの意図が読めない。

「でもね、隊長さんは美人よりも、ちょっと捻くれてるくせにバカ正直で一生懸命な子の方が好きなんですって」

またクスリと笑った彼女は、ひらひらと手を振って、彼女の店なのであろう目の前の建物の奥へと入っていった。私はその姿をまたしても呆然と見送った。ただその視線を上げてマルコを見る勇気が無いまま、みるみる首筋から熱くなるのを感じていた。その熱が伝わる羞恥を避けようとしても、気のせいかさっきより強く肩を抱く腕が許してくれない。

「で、お前は昨日から何を怒ってたんだい」

明らかにニヤリとした笑みを浮かべているであろう声が上から降ってくる。ああ、ああくそう。半分遊んでたな。分かってて遊んでたな。私はまんまと踊らされていただけじゃないか。首筋の熱が頬まで、いや頭の先にまで上る。今頃思い出した。結局いつもそうなんだ、私ばかりが子供。マルコはそれを知ってる。今もわかりきってるというようにマルコの腕が緩むままに体を反転させて向き合う。

「マルコ」
「何だよい」
「ここでキスしてくれたら許す」

一瞬面食らったような顔をするマルコを見て、渾身の反撃に満足してにんまり笑う。偶には私だってやってやるんだ。そうして、なんてねと言って颯爽と去ってやる。と思って、なを発音しようとした口をそのまま塞がれた。それからマルコは鼻が触れるような距離で笑う。

「そんな事は真っ赤なまま言うもんじゃねぇよい」


君は可愛い立てないバンビ

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テーマ「人外ファンタジー」
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