「いい加減諦めちまえよ」
「なりません」

血に濡れた刀を六本。噂に違わぬ鋭さと俊敏さを持つ竜の爪。階下からは数刻前から響き続ける戦の声。よもやこの城が崩れる時がくるだなんて思いもしなかった。私のいる部屋だけが変わらず静かなのが場違いで、それが酷く恐ろしかった。それなのに、この戦いの主である独眼竜は穏やかな、下手をすれば悲哀さえ感じてしまいそうな表情でその爪を鞘に収めた。

「どうして、そう頑なに拒むんだ?」
「何度申せばお分かり頂けるのですか。私は、
「敵の総大将の娘、だろ?」

政宗殿が一歩、また一歩とこちらに近づく度、畳の上に血の足跡が付いた。恐ろしくはない。しかし、躊躇なくこちらに歩み寄る彼が、その武器より戦より恐ろしい。座ったままじりじりと後退する。この城の、この国の姫として、城主である父の娘として生まれた運命を呪った事など無い。例え、重税と悪政、不作で苦しむ民を目の当りにしようとも。それをまるで省みず、生活を改めようとしない父であろうとも。受け入れる外はない。知恵も力も持たない私に何ができる。呪うなら、そうして何もかもに目を瞑り、ただ生きる事しかできない私の無力さ。それか、全てを打ち砕き、戦い、掴み取る力と心を持つ彼と出会わせた神を嫌悪したい。

「…それを分かっていらっしゃるのなら、どうして」
「それこそ何度言えばわかるんだ?」
「……」

とん、と背が壁に当たった。元より逃げ場など無かったけれど。…逃げる?何から?誰から?政宗殿?それとも…?そして、逃げた先に何があるのだろうか?嗚呼。ああ。このまま気を失ってしまいたい。その方が今よりはきっと楽だ。窓から見える景色は、夜闇に舞い上がる火の粉、血の惨状。政宗殿が目線の高さが揃うように私の目の前で屈んだ。

「お前が好きだ」
「…そのようなもの…っ」
「あの非道な父親はもういねぇんだぜ?」
「貴方がその刀で討ったから、ですか?」

無言は肯定。その事に関しては薄々勘付いてはいた。伊達軍が現れた時点で、彼らに敵う兵などこの城にはいなかった。涙が流れるとは思っていなかった。それくらいに城主に、父に相応しい人ではなかった。きっと、臆病な私は心のどこかで誰かにこの世界を壊してほしかった。けれど、

「父を討ったのでしたら、尚更」
「……そうじゃねぇだろ」
「ま、さ…宗、殿……なっ何を?!」

兜を脱いで畳の上に置いたその手で抱き締められた驚きで、息が止まりそうになった。父の命を奪ったその手は意外なほど暖かく、もうどうすればいいのかなんて考えられなくなりそうだ。何故、この人はこうも強い。何故、私はこうも無力。何故、彼を素直に愛する立場に生まれなかった。言えるはずもない。

「お放し下さいっ!…放してっ、放せ…ッ!」
「…愛してる。Could you believe me?」

そして、ようやく流れた涙が何を意味しているのか、それすらももうわからなかった。


どうか私に免罪符を


炎に呑まれる前にこの城から脱すれば、外聞も身分も何も纏わぬまま、この腕に縋りついてもいいのだろうか?

091108
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