レストランを出てすぐに吹き抜けた風は随分と暖かくなっていた。ほんの小一時間前、ここへ来る道中で何度か零した溜め息を取り戻すつもりで、大きく深呼吸をした。そんな私を見下ろして、マルコ隊長が少し笑った気配がした。

「やっぱり春島は暖かくなくちゃ」
「春だろうと朝は冷えるもんだよい」
「でも、暖かい方がいいです」

そんな事を言いながら、けれど私の足は一向に進もうとしなかった。白い石畳がすらりと伸びている。その先の大通りでは、いくつもの店が開店していて活気のある声が聞こえてくる。心は軽くなった。さっき、店の席を立った時の夢から覚めたような清々しさが急に冷えたようだった。怖い。一人で怒って飛び出して、私はマルコ隊長と話をしてすっきりした気になっているけど、エースはどうなんだろう。ふわりふわりと自分に心地よいように考えていた私が、突如、現実の中に放り込まれたような気になった。

「不安かい」

顔を上げると、マルコ隊長は真っ直ぐ私を見ていた。反射的に笑顔を浮かべた。けれど、マルコ隊長にそんなものが通用するはずがない。見透かすような苦笑を前に、顔の力が抜ける。不安、というのが何より当てはまる。会いたい、早く戻ろうと浮足立っていたのに、いざ行こうとなると、足がすくむ。どんな顔で何を言えばいいんだろう。少し大人になったような気でいたのに、結局まだまだこんな所で躓いてしまう。一歩抜けたと思えば、また怖くて、その繰り返しばかりだ。

「マルコ隊長は、不安じゃないんですか?」

口をついて出たのはやっぱり子供染みた言葉だった。視線はそろりと足元に落ちた。さっきまで少しずつ回復していった勇気だとかそういったものが、しゅるしゅると萎んでしまいそうな感覚を必死で抑える。

「そりゃ、不安だな」

あまりにもあっさりと肯定されて、思わず再び顔を上げた。まさか、そんな事を言うとは思っていなかった。マルコ隊長は何て事はないといった顔で、道の先の大通りを眺めている。その横顔は何だか少し楽しそうで、私の心境とは大きく違っているらしい。さっきまでのマルコ隊長とは別人のようだ。何の衒いもなく、ナチュラルに不安だと言ったのは、本当にマルコ隊長なんだろうかとさえ思う。不思議な気持ちで見ていると、ぱちりと目が合う。

「お前らに教えられたからな」
「教えられた、って?」
「素直な言葉程飲み込んじまう馬鹿馬鹿しさをな」

そうだろう?とでも言うように、どこか可笑しそうに小さく笑う。マルコ隊長がそんな風に笑うのを初めて見た。悪戯っぽく口角を上げる微笑。なんだ、別人なんかじゃなくて、マルコ隊長は勿論マルコ隊長だった。全部マルコ隊長だ。きっとこれは、今までの月日の中で奥深くに潜ってしまった部分だ。ああ、もしかして、私もそうなのかもしれない。こうやってすっきりしてみたり、不安になったり、怒ったり笑ったり泣いたり、子供っぽいのも少し大人になれたのも、全部私だ。ポーカーフェイスなんてできなくていいと言ったマルコ隊長の言葉が、今更じわじわと胸に染みてきた。

「私は、私達は子供染みててもいいんですよね」
「ああ、そうだよい」

春島の風がまた一段暖かくなった気がした。それに見事に溶けあうような柔らかさでマルコ隊長が一歩踏み出す。その肩越しに見た空は、すっかり青く清々しい。その清々しさにエースのあの満開の笑顔はよく似合うだろうな、なんて思ってから、悔しいような照れ臭いような気持ちになった。そんな事、私にしかわからないのに、誤魔化すつもりで急いでマルコ隊長に関係ない話題を振った。

「マルコ隊長達の昔ってどんなだったんですか?」

私じゃ遠く及ばないような距離感で息も合った2人に見えていた人達。でも、そんな2人でも必ずしも完璧なわけじゃないと聞いた今、彼らも私達のような時代があったのかもしれない、と好奇心に似た期待を持った。

「昔はなァ、2人してよくサッチを追い回してたよい」
「え?」
「サッチの奴、俺達をからかうのが趣味みたいなもんだったからな」

マルコ隊長が可笑しそうに笑った。その後に、ゆるりと何かを思い出すように目を細める。そういえば、私とエースもサッチ隊長にからかわれた事がある。その時にサッチ隊長は、懐かしいなと笑っていた。

「満足したかい」

そう言ったマルコ隊長の笑みは、さっきとは違って悪戯っぽく、わざとらしく意地の悪いものだった。ああ、見抜かれている。あの2人にも、かつては私達のような不安定で青臭い頃があったんだと思いたかった事なんて、綺麗に見抜かれていた。その上で、ちゃんと私の期待に沿う事を話してくれた意地悪な優しさだ。お陰で私の足取りは軽くなる。あと一歩欲しかった勇気が、ことんと胸の中に滑りこんできたみたいだ。

「ありがとうよい」
「え?それ、私の台詞ですよ」
「いや、懐かしいモンを思い出したからな」

その横顔は、今まで見たマルコ隊長のどんな表情よりも穏やかで、何だか秘密を盗み見てしまったような気分になった。昼に向かって上がっていく気温と一緒に、体中がふわふわと暖かくなる。マルコ隊長は一体どんな記憶を思い出しているんだろう。私もいつかあんな風に2人の過去を思い出せるようになりたいと思った。
来た時には寒々と冷え切っていた曲がり角を、柔らかく照らす陽光を感じながら曲がった。


未来を描く女



番外編とリンクしてます「暑い熱いあいつ」
(130621)
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