「いい加減、無茶な戦い方はするな」
「無茶じゃないですよ、ちょっと油断しただけで」
「返事が聞こえねぇよい」
「……はい」

毎度ながら一度は言い訳をするのにはもうとっくに慣れている。右目を覆い隠すように包帯を巻かれたナマエが、ばつが悪そうに視線を逸らす。船医の話ではあと数cmずれていたら失明していたかもしれないという怪我。まだ不満そうな表情をしているこいつに、おれはあと何度同じ説教を繰り返せばいいのか、溜め息が出る。戦闘で荒れた船内は既に元通りに近い。そんなものを直すのに時間はそうかからない。時間がかかるのは身体を治す方だ。戦闘の度に勢い勇んで飛び出し、己の安全など気にもせずに戦って、確実に傷を負って帰ってくる。それでなくとも、常に強くなろうと過剰な程の鍛練を積む奴だ、怪我の無い日など無い。そうして、毎度おれが同じ説教をしているというのに、その効果は今現在まるで現れてくれない。

「…私は隊長と一緒に戦えるような強さが欲しいんです」

そして、これだ。再び出そうになった溜め息をそっと飲み込む。何度となく聞いた台詞だ。隊員に目標とされる隊長といえば聞こえはいいが、こいつは少し猪突猛進すぎる。ナマエの戦い方は大胆かつ意表を突くもので、それが上手くいく事もあるが、こうして大怪我に繋がる事だってある。こちらはその度に寿命が縮まる思いがしているというのに。とうとう今日は心臓が止まったかと思ったというのに。そんな事までは解らなくていいが、せめて諸刃の剣のような戦い方をしている事はわかってほしい。おれとしては既に戦闘を控えてくれと言いたいくらいだ。無論、それはおれの個人的な意見だとわかっているから、口には出さない。何なら、こいつが我武者羅に強さを求める事もあまり肯定的に思えない。ああ、わかっている。これはとっくに一番隊長の意見じゃなくなっている。ただ、日々傷を増やし、危険に身を晒すのを見ていられない。そこにおれの個人的な感情が入りそうになるのを、見て見ぬ振りをするのが厳しくなってきたのはいつからか。力をつけようとする隊員を、個人の感情で止める奴に隊長など務まらない。

「いつも言ってるが、お前にそんな必要はねぇよい」
「だから、どうしてですか」

これもいつも通り。むっとしたような、それでいて傷付いたような、意思の強い目でこちらを見る。それが今日は片目だけなのが、どうにも痛々しい。強さを求めるのが悪いわけじゃなく、過剰になると身を滅ぼすだけだ。そんな正論を言うのは簡単なのだが、問題はそこじゃない。一緒に戦おうとなどするな、おれが守れる範囲にいてくれ。そんな事を言おうものなら、隊長が隊員に注意する領域など軽々と飛び越す。だから、いつも答えを濁してしまう。こいつが憧憬を抱いて目指しているのは、一番隊長であるマルコだ。そこを逸脱したおれ個人はその対象ではないだろう。

「私、もう戦いません。隊長がそう言うのであれば、意味なんて無いですから」

何か決意したかのように、妙に毅然とした表情で、ナマエの予想外に冷静な声が沈黙を破った。そうじゃない。そうじゃないだろう。活き活きと戦場に飛び込むお前から戦う事を取り上げたいわけじゃない。隊長として、お前の戦力を認めていないわけでもない。間違ってもそんな顔をさせたいわけじゃない。どう言えばいい?どう考えても、こんなものはおれのエゴでしかないのに。いや、身を守る戦い方を覚えろとそう言えばいいだけだ。威厳を持って、隊長の立場からそう言えばいいだけだ。馬鹿馬鹿しい。それを拒むおれ個人の感情のなんと馬鹿馬鹿しい事か。それを表す言葉が恋心だなんて陳腐な名なのだから、笑うに笑えない。

「無謀に戦うんじゃねぇよい、それだけだ」

少し口調を強めてそう言うのが、ギリギリの中立案だった。それ以上余計な事を言う前に、聞く前に、背を向ける。逃げ去るようにと言っても過言ではなかった。眉間に皺が寄る。溜め息の代わりに、口元に苦笑が浮かぶ。ガキじゃあるまい。何をやってるんだか。

「じゃあ、どうすればいいんですか!」

できればもう喋らないでほしいと思っていた声が後方から高く飛んでくる。予想外の声量に思わず振り返った。肩を強張らせて、睨むような強さでおれを見据える。怒りか羞恥か、或いは屈辱か、目には薄ら涙が浮かんでいる。

「ただの弱い隊員のままじゃ、私なんて見てもらえないじゃないですか」

そう言った拍子に零れた涙をハッとしたように拭う。おれは間抜けに突っ立ったままだ。わからない事が多すぎる。お前は誰に見て欲しいんだ、一番隊長か?お前は何が欲しいんだ、隊員としての評価か?どうして何度も無茶な戦いを繰り返すんだ、本当にそれしかできないのか?そうじゃないというのであれば、それは何なのかを、おれは聞かせて欲しい。気付いた時には、噛み殺すように涙を耐えるナマエの両肩を掴んで、真正面に立っていた。

「いいか、これから言う事は、隊長の言葉じゃねぇよい」

曖昧な境界線を手探りで確認するような不安定な事は、もっと早く止めるべきだった。こいつが傷を負い続けたのは、おれの責任でもあるのだろう。もしも、隊員と隊長という境界線をこいつが明確に引いていたら、なんていうどうしようもなく子供染みた臆病さのせいで。もういいだろう、おれ。いい加減、この程度の腹を括れなくてどうする。

「おれ程お前を見てる奴がいると思うのかい」
「え…」
「だからだよい。それなのに、守る暇も無くお前が闇雲に傷付くのが苦しい」

驚いた表情を見せていたナマエが、泣く直前のようにふにゃりと眉尻を下げる。そんな表情をして、顔の怪我は痛まないのか。なんて、そんな事は最早建前か。肩に置いていた手で、そのまま背に回そうとしたが、それより早く、飛び込む勢いでおれの背に包帯を巻かれた腕で抱きつく。胸に顔を押しつけるような強さで、顔を見せまいとするかのような。おいおい、だから、怪我が痛むだろう、と思えども頬が緩む。願わくば、そんな心配を今後しないで済むように、すぐに触れられるこの距離を覚えておいてくれるといい。


親切な嘘はいらない

requested by non-san
120822
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