※ほんの少しえろ





子供は嫌いだ。かつては私も子供だった。だからこそ、子供は嫌いだ。自分の世界を全宇宙と勘違いして、自分の熱が世界の温度だと思って、それを信じて猛進する事が誠実で、そうして行き着いた先が愛情だと思い込んでいる。そんな子供が嫌いだ。だからと言って、嫌悪を振りかざすのもまた子供の喧嘩でしかない。大人になる時は、それらを全て受け流す、或いは許容する事ができるようになった時だ。

「だから言ってるでしょ、エース」
「関係ねぇって言ってるだろ」

薄いシーツを1枚隔てただけのエースの体温は高い。情事の後の余韻と言えば色っぽいかもしれないが、燃えきらない燻ぶりが残骸のようにあるだけだ。隣から感じる視線はやはり熱い。エースが求めたものはこんなものじゃなかっただろう。生憎、私には持ち合わせていないものだ。最初からそう言っていたのに、抱いたのは彼だ。

「そういうの暑苦しいの。そういうアンタが嫌いよ」

平静を装ってはいるが、傷付いた心情が眉間の皺に表れている。嫌いだ、なんて直接的すぎて稚拙な単語で傷付く事ができるのだ。やはり、エースは素直ないい子だ。そういう奴は私には合わない。私に純粋な好意なんて向けてくるべきでない。体を許せば満足するような、そんな簡単でクールな方が私には向いている。とっくの昔に欠如した青春のような輝かしさは重くて不便だ。

「おれは、好きだ」

笑ってしまいそうになった。なんて優しくて馬鹿な男の子なんだろう。苦しそうに歪んだ声で、なんて美しい言葉を零すのだろう。そんな言葉を響かせたいなら違う相手を選んで欲しい。海を漂う海賊は死ぬも生きるも時の運。その気軽さと雄大さを好むくせに、どうして誰かを愛そうとなどする。

「相手を間違えてるのよ」

直後に、若すぎる唇を塞いだ。突然の事に驚いたように開かれた目を、片手で覆った。そのまま更に深く、呼吸を奪うキスをした。絡ませた舌も、時折漏れる吐息も、どちらのものかどっちでもいい。目隠しをしていない左手で、内腿をするりと撫でれば微かに身を引いた。こんな小さな事にも反応する青臭さが笑えた。

「は…っ」
「心より体が素直に反応するなんて嘘。元々繋がってなんてないの」
「っ、ナマエ」
「愛があるから求めるなんて冗談。ガキの言い訳でしかない」

少し前に果てたばかりだというのに、指先を滑らせただけでこちらも反応を見せる。好きだと言ったのが心だとすれば、嫌いだと刺されても尚熱を持とうとする体は何だ。幼いままに勘違いし続けるのもまた幸せだろう。ただ、それを私に向けるな。主張する熱さを片手で握れば、食いしばるような吐息が聞こえた。青いままに私を嫌うならそれもよし、熱のままに体を求めるならそれを知るもよし。そう思って、目隠しをしていた手を退けて、視線を上げた。けれど、そこにあったのは思いの外冷静に苦しげに笑う瞳だった。

「そんな、理屈ばっか言ってる方が…言い訳だろ…っ」

言葉が尽きたら、跳ね退けようとするのも子供の常套手段だ。失笑しかけた時、不意にベッドが揺れた。視界がぐるりと回る。背中に触れたシーツの冷たさにどきりと肩が震えた。見上げる形になったエース。彼の視線が真っ直ぐ私に下りる。私の両手首を押さえつける力は強いくせに、エースは怒ったような困ったような表情を見せる。

「何をそんなに頑なになる必要があるんだよ」

至近距離で視線がぶつかる。案じるような柔らかさで唇が触れる。深々と覗きこまれるような目に、思わずエースの胸を叩いた。それでも唇は解放されず、何度も角度を変えてゆっくりと触れる。なのに、それ以上深いキスにはならないまま、首筋に口付けられる。歯痒いような穏やかさに動けなくなった。いつの間に私の手を解放していたのか、エースが私の頭を抱え込むように抱く。

「大丈夫だ」
「…何の話よ」
「大丈夫だ」

何が、などともう聞きはしない。それこそ子供に言い聞かせるような声音に、何を言うべきかわからなくなった。怒ればいいのか。嘲ればいいのか。聞き流せばいいのか。エースが何のつもりで何の為にそう言っているのかもわからない。なのに、大丈夫だなんて単純で無責任な言葉の安心感は何なのか。じわりと全身に血が巡るような温かさに奥歯を噛み締めた。

「本心ぶつけられるのを怖がって逃げる言い訳用意するのが大人かよ」
「………」
「少しは信用してくれねぇか」

そう言って目を細めるこの男は、一体誰か。視界が霞む。だめだと思った時には、エースが笑っていた。ああ、嗚呼、これでは正に私が子供じゃないか。遠ざけて見下して拒む事でバリアを張った、ただの質の悪い子供じゃないか。馬鹿馬鹿しい。私の目元を拭うエースの手が思っていたより大きくて、可笑しくなる。そのまま頬に触れた指は明らかに男のものだ。その手は一体誰を宥めるつもりでいるのか。

「アンタのそういう所が嫌いなのよ」

頬が緩んで口角が上がる。嫌いだと言った自分の声は穏やかだ。エースが小さく笑う。あんな子供だましのキスで調子に乗るんじゃない。噛み付くようなキスを不意打ちでくれてやった。バランスを崩したエースをそのまま引き倒して跨る。歯列をなぞって、舌先は逃さない。唇の合間から漏れた吐息に背筋が震えた。子供はいずれ大人になるが、所詮、大人はいつでも子供に戻れるのだ。


よい子よ、眠れ

requested by Rinko-san
120409