「ど、う、せ!」

愛用の銃を声に合わせて3発撃った。船尾に吊るした的の中央部分に3つの穴が開く。響いた銃声に船縁に止まっていた海鳥が慌てて飛び立った。クルー達には射撃練習をすると言っておいたので、気にせずに更に連射する。

「私にはっ、似合わないん…だよっ!」

2発撃った内、後の弾丸は中央からずれて的の隅に穴を開けた。けれど、別にいい。本気で訓練しようと思ったわけじゃない。ただの憂さ晴らしだ。盛大に銃声を響かせて、鬱憤を吐き出すついでに弾丸を発射する。これで全てが発散されるわけではないが、少しはマシだ。優雅なオレンジティーの香りが漂う甲板にいるよりも、硝煙の臭いを漂わせて船尾にいる方が随分いい。

「ラスト1発ぶれたな」
「うるっさいなぁ、今は精度は求めてないの」

後ろから聞こえた声に、振り向かずに答える。アフタヌーンティーの雰囲気を避けるように鍛練に励むのは私だけじゃない。いつものように私の射撃範囲に入らない後方で逆立ち片手腕立てに勤しんでいたゾロは、小休止に入ったらしい。不格好に穴の開いた的を見て、からかう笑みを浮かべるゾロを睨む。硝煙に混じって汗の匂いがした。手の中の銃はまだ熱を持っている。やはり私にはこちらの方が合っている。華やかなショッピングと優雅なお茶なんかじゃなく、豪快に銃声を響かせて汗を流すのが私の性分だ。わかっている。わかっているのに、どうしてあんな男に惹かれたんだろう。そう思った瞬間にまたモヤモヤとしたものが胸に広がる。

「ああ!もうっ!」

苛立ち任せに叫んだついでに、下ろしていた銃を再び的に向けて、ろくに見もせずに撃った。ゾロが斜め後ろに立っていたのもお構いなしで撃った。弾丸は的を吊るしていたロープを貫いた。的は重力に従って、海に落ちてボチャンと音を立てた。ゾロの文句も無視したら、溜め息をつかれた。

「で、何が原因なんだよ」
「別に、喧嘩したわけじゃないし」

私が勝手に苛立ってるだけ。そう言うのは些か滑稽で、語尾を濁した。ロビンの買い物に付き合って荷物持ちをしてるのも、ナミのみかんでオレンジティーを作るのも、全部気に食わない。気に食わなくてイライラする。そんな事言えるわけがない。なんて身勝手で馬鹿馬鹿しい。そんな事を思う事ですら私のキャラじゃない。

「何にせよ、さっさと和解しろ。好き勝手に銃ぶっ放される身にもなれ」

そう苦笑したゾロにぐしゃりと撫でられた。その下手な撫で方に、正反対に繊細で手慣れた触れ方をする手を思い出した。ああ、くそ、どうしてこんな事でさえ、私の思考回路を奪うんだ、あの男は。そう思うと、何かを諦められた。どうせ無駄なんだ。ロビンやナミがどうだとか、サンジが彼女達とどう接しようが、どうせ私は結局こうして思考の大部分を持っていかれる。もう諦めた。

「はは、ありがと。なんかすっきりした」
「そうか。じゃあ、アレはお前が何とかしろよ」

親指で自分の背後を指したゾロの肩越しに、階段に立つ見慣れた金髪が見えた。正に、あっと言ったその間に、ゾロはサンジとは反対側の階段へ歩いていった。そして、サンジはこちらへ来る。手に持ったトレイには、背の高いグラスに見るからによく冷えたドリンク。

「射撃練習するって言ってたから、アイスの方がいいかと思って」
「…オレンジティじゃないんだ」
「え?前に嫌いだって言ってたろ?」

だから、ブルーベリーティーなんだけど…と語尾を小さくしていくサンジに慌てて首を振った。受け取ったグラスからは少し甘い爽やかな匂いがした。覚えてて、わざわざ私には違うものを淹れてくれたのか。ふわりと胸が軽くなる。けれど、サンジの表情は険しい。険しいままの視線をゾロが上っていった方の階段へ向ける。

「一緒にやってたの?」
「ゾロ?一緒にってわけじゃないけど」

その声音を聞いて、足元から浮上するように、ざわりと血が巡る。ブルーベリーティーを口に含んだ瞬間、に吹き抜けるような適度な冷たさと甘酸っぱい風味がした。それに混ぎれさせて、抑えきれなかった笑みを零した。現金な奴だ、と自分でも思う。さっきまであんな事で苛立っていたのに、サンジが同じような視線をゾロに向けたのを見たら、安心するだなんて。あまつさえ嬉しいと思うだなんて。

「別にそんな顔しなくてもいいのに」
「あ、ごめん。ナマエちゃん、すっきりした顔してるから、つい」

不機嫌だったろ?そう言って、困ったような、決まりの悪そうな苦笑をする。アフタヌーンティーの給仕で、私の様子なんて気付いてないと思っていた。気に掛けていてくれただなんて思いもしなかった。溶けるように温かな気持ちになる。本当に、私は現金だ。それで、私の気を静めた要因がゾロだと思うと気に食わないというのなら、これはなかなか、幸せと言える。

「ねぇ、私がなんでオレンジティー嫌いか教えてあげようか」

一瞬、きょとんとした表情を浮かべるも、小さな微笑で聞いてくれる。その笑みは、もしかしたらこの理由を察してるのかもしれないけれど、それでも言いたい。もし、同じように思ってくれるのであれば、これ以上嬉しい事なんてない。願わくば、同じように、幸せだなんてくすぐったい言葉を思い浮かべてくれればいい。グラスの中の氷が、からりと踊る。


氷の融ける温度で笑う

requested by Natsuyo-san
120216
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