「聞いてますか、サッチ隊長」
「ああ、聞いてる、聞いてますよ」

本当は聞いていない。かれこれ30分はもう聞いていない。雑な返事をしたところで、聞いてると言えば喋り続けているのだからいいだろう。罪悪感を感じないかと問われても、ここまで部下に付き合っているのを労ってくれという気持ちの方が勝る。もう1カ月近く、ほぼ毎日、こいつの話を聞き続けてやっているのだ。

「はぁ、なんでこんなに好きなのかなぁ」
「そうだなぁ」

話の締め括りは、毎度といっていい程同じだった。つまり毎日話を聞いていようとも、結局のところは堂々巡りだ。という事は、これは会話じゃなくて、相手の欲しい独り言だ。溜め息を苦笑で誤魔化して頭を掻いた。こんな事なら酔ったノリで、お前マルコの事好きだろう?なんて言うんじゃなかった。更に、どうせ言うなら周りの連中に聞こえる大きさで言ってやればよかった。こっそり耳打ちなんてしたばっかりに、秘めた気持ちの相談相手の欲しかった名前の格好の餌食だ。

「なぁ、もういい加減に言っちまえよ」

水平線をぼんやり眺めながら、ほぼ無意識に本音が口から出た。瞬間、隣が無音になる。今の口調は投げやりだったか。ちらりと隣を見ると、何か喋りかけていたのか、中途半端に口が開いたまま固まっている。その眉間にぐぐぐと皺が寄る。やべぇ、怒らせた。いくら猪突猛進恋は盲目乙女でも、流石に面倒臭がってるのが露骨だったか。

「何言ってるんですかバカですかアホですかリーゼント!」
「……」
「簡単に言えないから困ってるんでしょうがー…」

語尾に向かって力が抜けていき、それと同時にずるずるとしゃがみ込む。ああ、そこか。怒るポイントはそこか。いよいよ本当に面倒臭くなってきて、船縁に背を預けて、もう隠す気もなく溜め息を吐いた。どうせ気にせずに喋り続けているんだ。はいはい、好きですね好きですねマルコ隊長、はいはい。甲板にのの字でも書いてそうな、泣き事に近い声をBGMに、おれはもう一人の面倒臭い奴を見た。そんな所でこっちを見て笑ってる暇があったら、こいつを何とかしてくれ。

「意外と上手くいくかもしれねぇぞー」
「そんなのわかんないじゃないですか」
「だったら、言ってみりゃいいだろ」
「うぅ…うーん…考えます」

はぁあ、とピンクに色付いて見えそうな溜め息を一つ。それから、ありがとうございました、と頭を下げてから、名前が船室の方へと消えていく。話始めも急なら、話終えるのも急だ。どこまでもマイペースな奴だ。とりあえず、これでひとまず前半は終了か。そう思った時にはもう背後から足音が聞こえる。なんて短いインターバルだ。

「お前、いい加減に悪趣味だぜ?」
「知ってるよい」
「だったらもう解放してくれよ、この茶番から」
「その内な」

当然のように隣に現れたマルコの口元に浮かぶ笑みが、ここ最近のストレスの根源だ。なんでこんな質の悪い男に惚れたのか、名前に聞きたい。いや、やっぱりいい、1時間は語りそうだ。元々わかりやすい名前の好意に、マルコが気付かないはずがないだろう。それも、ここ最近頻繁におれにこの手の話をしているのだ。それで気付かれていないと思ってる名前の無邪気さよ。その辺りを全部わかってて、黙って見てるこいつもこいつだ。

「お前、ガキの頃、好きな子いじめるタイプだったろ」
「覚えてねぇよい、そんな事」
「そろそろあいつの憂いを帯びた顔ってのも見飽きたんだけどな」

ウチの隊の可愛い妹だ。初心な恋愛相談とやらも聞いてやるが、もうそろそろ能天気なくらいの笑顔も見たい。それを簡単にできる術を持ってる男は、隣でずっと小さな笑みを浮かべたまま行動を起こさない。名前がおれに話してる時、こちらを見ているマルコを見て、何も気付かない程浅い付き合いじゃない。何度、名前に、お前ら両思いだからさっさと言っちまえよ!と叫びそうになった事か。

「冷めるだろうと思ってたんだよい」
「名前がか?あいつは無理だろ、どんどん熱してくタイプだ」
「いや、おれが、だよい」

いつもの流れでさらりと聞き流しそうになった。海に向けていた視線を隣へ向けると、自分自身で呆れているような、けれどどこか楽しそうに見える笑み。ああ、そうかい、間に挟まれてる俺が馬鹿馬鹿しいという話か。結局、お互い大事に思い過ぎて踏み出せないという、どこの恋愛小説だってくらいの事。

「これ、どう考えてもおれが損だよな」
「だろうなぁ」
「だ!よ!な!」

どこまでも涼しい顔をしているマルコに渾身の笑顔を残してから、一発蹴りを入れた。それでも口元の笑みを消さないマルコに腹が立って、もう部屋に戻る事にした。いや、性格には、マルコだって困っているのだろうけど。あいつがあんな風に笑うのはそういう時だ。ああ、もう、なんてお似合いな2人だ。そう思って角を曲がったら、その先に名前の姿が見えた。もういい加減この板挟みにも疲れたところだ。もういいだろ。

「おい、名前!甲板に戻れ。マルコの奴が話があるって言ってたぜ」

分かりやすいくらいに頬が赤くなった名前の背中を、思いっきり押して甲板へ向かわせた。これでまだおれの役目を解かないようなら、男じゃねぇからな、マルコ。


罷免を待つキューピッド

requested by Touko-san(お名前の読み方、間違ってたらすみません)
120207
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -