彼は優しい。お伽話の王子様のような砂糖の塊みたいな優しさじゃないし、いつでもそういう訳じゃないし、いや、むしろ厳しいくらいかもしれないけれど、それでも優しくて、そうされるとついつい甘えてしまう私がいる訳で、そうなると、ほら、もう私の負けーみたいな?それってやっぱ、悔しいっていうかムカつくんだけど、そう思う事自体がイラつくっていうか、それを本人が素知らぬ顔でいるのがまた何かキーッてなるっていうか、でもさ、そういう時にまた、どうしたんだよい?とか言ってくるのよ、何それ、何キャラですかって言うね、本当にもうだから、要するに優しい男気取ってんじゃねーよみたいな、いや、違うな、そんなんじゃないんだけど、とにかくもう、あー、もう、何あいつ!!!
「って、そんな事なんでサッチに言ってんのよ」 「俺が知りてぇよ」
満月。満天の星。春島の気候。酒。宴。甲板の隅で空瓶を転がしながらサッチに思いっきり愚痴りながら、妙に冷静な部分が残っていた頭で、何やってんだと溜息を吐いた。横で私の同じくらいのペースで飲み続けるサッチがニヤニヤしている。何だ、喧嘩ならいくらでも買える勢いだぞ、こっちは。
「お前、ホント好きだよな」 「何が」 「マルコ」 「ハァ?今の私の話、聞いてた?」
相変わらずニヤニヤしているサッチの顔を凝視したまま、酒が一気に体から抜けていく気分だった。さっきから数十分に渡り、あの苛立たしい隊長の話を延々としてきたにも関わらず何を言ってるのか、このリーゼントは。頭、沸いてんじゃないの。ごくごくと喉を鳴らしていい飲みっぷりを披露するサッチの横顔には未だに笑みが浮かんでいて、ムカついた。ので、脇腹にできる限り強烈な拳を入れたら、オブッとか呻いて酒を噴いた。汚い。
「人選ミスった!ビスタにでも話してくる!」 「ちょ、おま、いってぇ!コレ、痛ぇ!」 「うるっさい!隊長が喚くな!」
ぎゃーぎゃー煩いサッチを放って、どこか別の所に行こうと立ちあがる。が、その瞬間、体が凍った。前方に見えた姿に、まずい!と思った私が動き出すより先に、がっしり腕を掴まれた。言わずもがな、サッチによってだ。
「おーい、マルコ!こっち来いよ!」 「サッチぃ!!!」 「うるせぇ、仕返しだ」
ニヤニヤ笑いの色を更に濃くしたサッチが手を離す気配もなく、そうこうしている内に、お前ら何してんだよい、と聞きなれた声がした。サッチを睨んでいた視線を声がした方へ向けると、ギギギと首から音がしそうだった。
「今、丁度、お前の話をしてたんだよ」 「俺の話?」 「なっ、ナマエ?」
斬る。後で絶対、切り刻んで魚の餌にしてやる。グと引かれた腕に従って、仕方なくその場に座ると、マルコも同じように酒の入ったグラスを片手に腰を下ろした。不愉快だ。非常に不愉快だ。そのニヤけ面を切り刻んだ後でミキサーにかけるくらいやらなきゃ収まらない。
「で、何なんだよい、俺の話ってのは」 「ナマエがよ、お前の事を好きだって話をずっとしてんだよ」 「アンタ、ばかじゃないの!?」
私がしてた話は愚痴であって、決してそんな、そういった、そんなような話じゃない。バカか、こいつ、バカなのか。とりあえず、一発殴っておこうと手近な空瓶を掴もうとしたら、思いっきり手を壁にぶつけた。痛い。予期せぬ痛さに声にならない声を上げているとサッチが笑い転げやがった。ミキサーした後に生ゴミと混ぜてやる。
「ほぉ、どんな話だい?」
グラスの酒を飲みながら、いい肴が見つかったと言わんばかりの表情で聞いてくるマルコ。そういう所がムカつ。余裕かましてるっていうか、空気に流されないみたいな。宴だぞ、流されろよ!みたいな。私が無視していると、まだくつくつと笑いを収めきれていないサッチが話を繋げる。
「いかに好きかって話を延々とな」 「違うでしょ!いかにムカつくかの間違い!!」 「じゃあ、お前、もう1回言ってみろよ」 「嫌に決まってんでしょ!!」 「そしたら、どっちが正しいかわかるだろ?」
確かにそうかもしれないけど、と珍しく諭すような口調で言ってくるサッチに、思わず言葉が詰まってしまった。しかしだ、酒の勢いも手伝って、ここで日頃の鬱憤を本人に直接ブチ撒けてしまうのもアリかもしれない、とも思った。思ったら、もうそうするつもりになって、残っていた酒を一気に流し込んでから、私は喋る為の息を吸った。
「まずね、優しいのか厳しいのかハッキリしてよね」 「と言うと何ですか、ナマエさん?」 「がつんと言われた後で、しばらくしてから違う所で優しくしてきたりするじゃん?頭くしゃってしてきたりさぁ。そういうの止めよう!」 「それはどうして」 「何か、こう、どっちなの?何なのアイツってなるじゃん!」
こういう時は、敬語なのがどことなくムカつくけど絶妙な相の手を入れてくるサッチのお陰で、思いの外饒舌になる。最後に飲んだ酒も相まって、何だかやけに気分が良くなってきた。ぶっちゃけんの気持ちいい。
「でさ、やっぱ私も一応女だからさ、甘えたくなるじゃん?そういう自分にイラっとする訳」 「成程。じゃあ、マルコが嫌いってのとは違うな?」 「嫌いだって。マルコってクルー全般、ナースにまでそんな感じじゃん?何その偽善活動!」 「じゃ、ナマエだけにそうなればいいって事か」
その言葉を聞いて、気分良くどこまででも喋れるんじゃないかと思っていた思考がはたと停止した。ん?私にだけそうなればいい?いや、別にそういうつもりじゃ、な、・・・待て待て待て。それじゃ、まるで私が本当にマルコがす、みたいじゃん。ないないないない。違う違う違う。あれ、ちょ、無理、これ、熱いって何か急にすんごい熱いんだけど。ちょっと待て、待ってって、嘘でしょ、えぇえ?!
「で、どう思うよ、マルコ」 「気を利かせたお前がどっかに消えてくれねぇかと思ってる」 「おっと、そいつぁ失礼」
ニヤニヤ笑いを消す事無くどこかに立ち去ろうとするサッチを思わず引きとめようと伸ばした手が呆気なく捕まった。言わずもがな、マルコによってだ。今度何か奢れよーと呑気な声を残して遠ざかるサッチの姿をこんなにも引き留めたいと思った事は未だかつてない。顔が上がらない。掴まれた手から火が出そうだ。
「なぁ、ナマエ」 「・・・な、によ」 「他の連中が言うには、俺はお前に特別甘ぇらしい」 「・・・・・・」 「俺が叱ったせいだとしても、ナマエが落ち込んでたら無視できねぇんだよい」
聞きながらもずっと下を向いていたのに、じわじわ顔が熱くなってくる。これ以上ないくらい熱いと思っていたのに、更にだ。嫌だ、嫌だ。こんな顔を見られたくなくて、頑なに顔を上げずにぎゅっと目を瞑った。にも拘らず、急に頬に触れた手によって易々と視線を合わされてしまった。
「答えはその表情で十分だよい」
ちょっと困ったように可笑しそうに笑うその顔にキスしてしまいたいと思った。思ったら、もうそうなっていた。ムカつく。
愛したがりの世迷言
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