お酒の杯は既に満たされているのにとくとくと注ぐ。これが自棄酒だなんて思いたくはない。重い空気を拭うように溢れた酒ごと飲み干した。疾うに出発した彼の姿を思い浮かべて目を閉じる。目頭が熱い。暗い部屋の中で酒の匂いだけが私を現実に留めている。


「飲み過ぎですぞ」

はっとして目を開けた。辺りを見回すが、あるのは冷たい空気といつの間にか立ち込めていた朝靄で、夢を見ていたんだと気付く。今にも彼が言いそうな台詞だ。彼が殿の命令で合肥に行くと聞いてから時間はあったのだ。いつだって伝えることが出来た。機会が無かったわけではない。それでも言えなかった。武に生きる彼に甘ったれた感情を伝えるなど出来なかった。くよくよと悩んでいる間にその日が来てしまった、それだけだ。結局は一人で慌てて自己完結したに過ぎない。それで自棄酒とは笑える話だ。

「どうせ言わないつもりだった癖に」

結局彼には別れの挨拶もせず、行かせてしまった。こんな薄情な女をどう思っただろうか。軽蔑しただろうか。本当はずっと一緒にいたかった。でもそれすら伝えられない。私には私の役目があって、それは彼といてはこなせないのだ。
もし私が普通の女で、すべてを擲って彼に気持ちを伝えられたら。もしも。たらればを考えればきりがないことは理解している。それでも、今のやるせない気持ちを隠すにはこうするしかないのだ。

残っていた酒をあおって酒瓶を叩きつけた。破片が光を反射しながら飛び散る。

「張遼殿…私は…」

続く言葉は決して彼には届きはしない。


来ない日を見てはいけない
20111219
企画『終焉』様に提出




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