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※長編姉主とは別姉主になります※
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弟の話をしよう。
私には、少しだけ歳の離れた弟がいる。
名前はイザーク=ジュール、絡む事を知らない銀色の髪と澄んだ藍色の瞳を持った目に入れても痛くない可愛い弟だ。
容姿は淡麗、母の美しさを継いだ彼の美麗な顔付きは姉故の色眼鏡がかかっているのだろうと言われてもそんな事はないと自信を持って言える。けれど、実際にそんな事は言われた事がないので彼の美しさは万人共通の認識と言い切って良いだろう。
性格は硬派であるが無口という訳ではなく、割と感情的に口を開くタイプではある。猪突猛進な所があり少々視野が狭くなる時もまぁ...あるが、母を大事にし、養子である私にも気をかけてくれる...とても家族思いの優しい子である。
その美麗な容姿と多少の癖のある性格から王子様よりもお姫様という例えが合っているかもしれない、そんな我が家の可愛いお姫様であるイザークの様子が最近おかしいのだ。
例えば、それはつい先日の事だ。
偶々おやつどきに私も彼も家にいたから親睦を深めようとお茶に誘ったのだが…理由としては、最近はお互いに学業によって昔のように顔を合わせる時間が減ったという内容だ。まぁ、理由は置いておこう。今は関係ない。
いつもであれば、姿勢正しく座ってはお行儀良くお茶を嗜みながらお互いの近況なぞの話をしたりするのだが、その日の彼はどこか落ち着かない様子で…特に視線が彷徨っていては始終、目線が合う事がなかった。
例えば、それはいつだったか…まぁ、これも最近の話だ。
シャワー上がりに部屋に誰かが訪ねて来たために、着替えも早々にノックに応えてドアを開ければそこには彼の姿。“こういう事“は度々あって、毎度必ずと言っていい程に彼の持ち味である大声が家中に響くのだが、その日は「姉上」の、「あ」の字の叫び声も出ずに無言でドアを閉められた。
例えば、それは…そう。それこそ、これは昨日の話だ。
午前一番に講話があると言っていたにも関わらず起きて来ない彼を起こす為に部屋に入ったのだが案の定。まだお姫様はベッドの中でお眠りになっていた為に起こそうとすれば、寝起きの開口一番に部屋を出てくれと怒られた。いや、怒られたというのは正しくないだろう。何せいつもの大声ではなく、どこか焦っているような感じがあったから。
閑話休題。
まぁ、そんな感じで最近の我が家のお姫様の様子がおかしくあってはどうしたものかと思っていたのだが、実はひとつだけ心当たりがあった。
「…思春期かなぁ、」
口に出して言ってみれば思った以上にしっくりくるその響き。
我が家のお姫様には今、思春期が訪れているのではないだろうか?
と、姉は思う訳である。
少しばかり遅すぎないか?と言われれば確かにそうだが、最近の弟の様子を見ていると明らかに内容が思春期と思われる男の子の行動だ。そうとしか思えないのだ。(いや、シャワーの件と早朝の部屋への無断入室の件はやらかした回数が多すぎて遂に呆れられてしまったと言われてしまえば否定は出来ない)
では、思春期が訪れたという程で思考を進めるとして姉である私はどういった行動をとれば良いか
ソーシャルディスタンス。これしかあるまい
家族として、姉としての身内の立場を取りながら、彼の成長過程な心と身体を刺激しないよう距離を保つ。
具体的に言えば、気軽にお出かけに誘わない。お茶に誘わない。部屋に入れないし、入らない。薄着で彼の前をうろちょろしない。シャワーの後にはすぐに服を着る。だ。
大丈夫。出来る、内容は全部簡単な事じゃないか。これも日々成長している彼に悪い影響を与えない為だ。立派な姉の仕事である。食事の時はどうしても一緒になってしまうが…まぁ、会話ぐらいは…内容に気をつけていれば問題はないだろう。と思う事にした。
では原因と思われるものの特定と、それに対する対策を立てて解決!一人語りの思考会議は無事に終了…としたかったのだが、そういう訳にもいかない問題が1つまだ残っている。
ゴロリと広いベッドに寝返りを打てば身体に当たるのは小振りでシンプルな箱。その外見から明らかに自分用に用意した訳ではなく贈呈用。
そう、今日は可愛い可愛い弟の誕生日なのである。
「思春期の弟にお姉ちゃんからプレゼントってどうなの…?」
結論としては、分からない。だって、私の弟は彼以外にいないし、いたとしても人の心境など唯一無二。他人など当てにはならないのだ。…けれど、渡すか渡さないかと言われれば、渡さない方がいいと私の心がそう言っている。
だって、今まで口には出した事はないが可愛い可愛いと自分なりに愛でてきた弟に「はい、誕生日プレゼント」と渡して少しでも拒否反応を見せられてみろ。まず、立ち直れないかもしれない、いや、“かも“なんかではなく間違いなく立ち直れない。それに押し付けがましい姉からのプレゼントで彼の心に傷を付けてしまうかもしれない。それはいけない。
渡すのは我慢しよう。これは互いの為だ。
答えが出てしまえばもうこの先ほどから身体に当たって存在を主張する箱に用はない。バリバリビリビリと豪快な音を立てて包装紙を破り捨てれば中から出てくる箱を開けて空になったそれもゴミ箱へと投げ捨てた。もったいないので中に入っていた物は自分で使うことにする。
良し、と全てがスッキリしたところで風呂に入るかと身体を起こしたタイミングで部屋にノックの音。応えてみれば、今まで思考に耽っていた彼の声がするではないか。慌てて少し待ってと声をかけ、薄着をしていた体に着込んでドアの隙間から顔を出せばどこか神妙な顔付きをした弟の姿があった。
「イザーク、どうしたの…?」
「あ、姉上…。その、…今、…少しお時間を頂けますでしょうか」
「?、いいけど…あ、ここでいい?ちょっと部屋散らかってて」
嘘だ。散らかってなどいない。
いや、ベッドの上はまぁ多少包装紙で散らかっているがそんなものはノーカンだ。
早速先程決めた対弟思春期ルールに則り対応をする。ばっちりだ。
イザーク任せてくれ、姉として君の健やかな心の成長を守ってみせるから。
心の中でそう意気込んで、改めてどうしたのかと訪ねてみれば最近絡むことのなかった視線が久しぶりに交わった。やけにそれがキツく感じるのは彼の眉間に皺が寄っているせいだと思いたいが、いや何故そもそも眉間に皺が寄っているんだ?私の対応が悪かったのか?中に入れればよかった…?
目線が合った中で何度も口を開閉しつつ言葉を発しない弟を、思考に耽りながらも辛抱強く待っていれば、意を決したのか発せられた私の耳に届いた言葉に少なからず…いや、多大なショックを受けた。
「…姉上、俺は貴方の事を姉だとは思っていない」
「そ、そう」
思わず噛んでしまったのは許して欲しい。泣きそうになって顔が歪んでしまったのを見逃してほしい。それほどまでに衝撃的な内容だったのだ。今まで可愛がってきた弟に姉だと認めていないと発言をされたのだ。心の動揺が激しい中でも返事を出来たのを褒めて欲しい。そして褒美に姉としてどこが駄目だったのかを教えて欲しい。切実に。いや、心当たりは幾つかある。すまない、本当にすまない。弟よ。
心の中では雨が滝のように降り注いでいる、もう寝込みたい。耐えきれない。無理だ。だがしかしそれは許されない、弟はまだ発言の途中なのだと言わんばかりに口を開閉している。話を聞かなければ、それが私にトドメを刺す内容であっても、弟に認められない駄目な姉としてその一撃を真摯に受け止めなければならない。
さぁ、来るがいい。綺麗に私を殺してくれ。
「ー…、好きだ!!…貴方を一人の女性として、ッ、…愛している!」
蒼天の霹靂。寝耳に水。予想だにしなかった外界からの一撃。
真っ赤な顔をした弟の口から飛び出したその言葉はある意味で私を今、確実に仕留めてみせた。姉としての思考回路の歯車に見事にひと槍投げ入れてみせたのだ。それが邪魔で歯車が回らない、思考が動かない。
頭が真っ白とはこの事を言うのだろう。
……ずっと好きだった……
…諦めようにも、諦めきれなかった…
………弟ではなく、異性として見てほしい………
……愛してほしい……
弟が何か言葉を続けているが、それらが滑って出て行ってしまう、頭に残らない。どうしよう、どうしたらいいんだ。
「姉上、…は!、…その…、俺、の事を…」
殆ど流れていっていった言葉の最後に此方を伺いながらそう問うてくる弟の姿勢に、私は口を開かなければいけないのだと回らない思考をなんとか動かしてみる。
弟は嘘をつける性格ではない故、これは正真正銘の告白なのだろう。
そうか。私も好きだ。と返せればよかったのだが、その好きに対して、彼と私じゃベクトルが違うのだ。
違うのであれば違うと、ハッキリと応えなければならない。しっかりと向き合わなければならない。彼は真正面から投げてきたのだ。此方も投げ返す必要がある。それが痛みを伴うものであってもだ。
「イザークは、私の弟だよ」
「ッ、分かっています!!…ですが、諦めきれないのです!!!
俺を男として、見て頂きたいのです!!!!」
「お、男…、男の子だとは分かってるよ…?」
「そういう事ではないッッ!!姉上!!!異性、として、見て欲しいと言っているッ!!!!!」
「い、異性か…お、お姉ちゃん…恋愛経験がなくてちょっとそこら辺よく分からないなぁ」
自分なりに投げ返した、渾身の一撃は見事にすぐに返ってきた。
そうであった、忘れていたが我が弟はしつこさという粘り強さも売りであった。
やりとりをするうちに本調子に戻ってきた弟の口調と音量であったが、最後に私が放った一言は流石に返事はなかった。静音が広がる。
どう返していいのか言葉に困っているのであろう、だがしかし音にならないながらも何かを出そうと動こうとする口に、此方へ向ける顔付きが、視線が、幼い頃に我が強い彼なりに私に強請ろうとしていた表情を思い出させてしまっては、
「お、お友達から…でよければ…」
“姉“として、…答えを間違えた気がした。
養子の姉と、そんな姉を好きな弟の話
長編姉主設定を考えていた時に最初に設定を作ったプロトタイプ姉主になります。別名(ゴーイング)マイペ(ース)プロト姉主。イザーク生誕祭に渋に期間限定で公開していたものを改めて公開します。