腐ったりんごの美しい完成 | ナノ


腐ったりんごの美しい完成


くるくるとシャーペンを回しながら時守遥は今日は何時、あの綺麗な人に会いに行こうか。と、考える。
大抵彼は、温室にいる。学園に備え付けられている温室は彼の私物の様なもので、彼の許可なしに入室することはできない。しかしながら時守は既に、いつでも入室していいという許可をもらっている為に、自由に出入りすることが出来る。

(会いに行くなら、放課後か)

そう考えながらも、放課後は確か、見回りがあると言っていた気がする。と、思いなおす。とくれば、授業時間内しか会いに行ける時間はない。その結論に行き当たった時守は、小さく息を吐く。いつでも連絡をしてくれて構わないと言われているため、連絡してから会うという選択肢もあるが、その方法が好きではない時守は、滅多に連絡をしない。反対に、彼の方から連絡をもらう事の方が多いと言える。
授業時間内と言っても、どのように授業を抜け出そうか。彼が授業を受けていたら、あう事は出来ないのではないだろうか。時守はそんなことを考えてみたが、そうなったらそうなったでいいか。と、口元を緩めた。

(とりあえず、この授業だけは真面目に受けよう)

時守は、教師の声に耳を傾けながら、回していたシャーペンを持ちなおした。

※※※

風紀委員長である新倉汐と学園的には平凡と言える存在である時守遥が出会ったのは温室だった。新倉は今でも、何故あの時他者の侵入を不用意に許してしまったのかが分からない。風紀委員長という肩書を得てからはそれまでよりも一層、他者との関わりを避けていた。そんな新倉にとって、時守の存在は色んな意味で想定外のものだった。
数ヶ月前に温室に訪れた新倉は、温室の中で眠っている時守を見つけた。今から思えば、その時常日頃からそうしてきたように、温室から叩き出せば一度きりの関係で終わっていたのかもしれない。が、その時に限って、新倉は時守の存在をそのまま放置し、温室にある植物の世話に行動を移してしまった。それからというもの、温室の噂を知っているのかいないのか。時守は週に二・三度、温室に訪れては土の上で眠り、気付けばいなくなっていた。そんな不可思議な干渉しあわない関係が数回続いた後、新倉は初めて、時守から声をかけられた。その時問われた内容を、自分はきっと、忘れないだろう。と、新倉は思う。現に今も、その時のやりとりを思い出した新倉は頬を緩めている。

「思い出し笑いですか、委員長」
「何かいけない事でもあるか?」
「いいえ。とはいえ、貴方が笑うのは珍しいことですから」

さて。そうだっただろうか。と、考えた新倉は、確かにそうかもしれない。と、考え直す。笑みを浮かべている自覚はないのだが、どうやら時守の前ではそのような状態になっている事が多いらしい。基本的に無表情だと言われている自分にしては、珍しい事だと新倉は思う。それと同じような事を、書類を手に立っている男も思ったのだろう。風紀委員会副委員長‐二階堂雄貴<にかいどうゆうき>‐は書類を手に、よくこの場所へ訪れる。だが、不思議な事に二階堂と時守が鉢合わせたことはない。だからこそ、新倉と時守の関係が学園内に広まっていないのかもしれない。と、そんなことを考え始めてしまった自分の思考を半強制的に打ち切った新倉は、二階堂から書類を受け取ると、腰をあげた。
不思議そうな視線を向けられ、新倉は言う。

「たまには授業に出ないとな」

その言葉に、そうですか。と、返されたかと思えば付け加える様に、一時に比べて随分と学園も落ち着きましたからね。そう続けられた。

※※※

新年度は良い意味でも悪い意味でも学園内が浮足立つ。同性しかいない学園内ではそれこそ、社会に出れば犯罪といわれる様な事も平気で起きていた。もしかしたらあの時、それを取り締まっていたことが原因で、新倉はとても、疲れていたのかもしれない。
数ヶ月前を思い出しながら時守は思う。そうでなくては、自分はあの時叩き起こされてあの場から放り出されていたはずだ。とも。
昼寝に最適だと見つけた温室が、風紀委員長の私物と化している場所であると知ったのは、最初にそうした次の日の事だった。友人は慌て、何もされなかったのかと聞かれたが、叩かれた覚えもなければ追い出された記憶もない。そもそも会っていない。会ってないのだから当然、何もされていない。と、返せば、それはものすごく運が良かったのだと胸を撫で下ろされた。曰く、風紀委員長は許可もなしに温室に足を踏み入れた者は乱暴に追い出すらしい。
仮定の話。新年度で中等部の者が持ち上がりで高等部に上がってきた者が少しばかり問題を起こしていたと風の噂で聞いたのは、その事だったのかもしれない。

「授業でねーの?」

席を立ち、教室を後にしようとしたところで友人‐森本真鶴‐から声がかかる。

「久々にサボろうかと」

にこやかに返した時守は、どう返されるだろうかと思いながら森本の言葉を待った。
実のところ、学園の噂などは彼から聞かせてもらっている。そのおかげで回避できた面倒事は数知れず。お礼とばかりに、時守は自分の伝手を使い森本の知りたい情報を教えているのだから相互関係は十分、成り立っている。ただ、伝えなくても良い事は当然のことながら、伝えていない。

「フツーに見えて実は…ってタイプだよな。お前って」

平凡が形容詞みたいな奴なのに。
森本のその言葉に、失礼なヤツだと思いながらもいつもの遣り取りであるために、特に言い返すこともせず、軽く流そうとした。が、今日に限ってはかねがね、気になっていた事を聞いてみようと思った。自分にしては珍しい事だと思いながらも、時守は口を開く。

「前から聞きたかったんだけど、それって褒めてんの。貶してんの」
「さぁ?どっちでしょー」
「つーか、おまえもサボるんだろ。人の事言えねーよばぁか」

こんな風なやりとりが出来るのも、自分たちが美形に類されないからであるという自覚はある。仮に美形とこんなやりとりをしようものなら、次の日から制裁という名の陰湿なイジメが始まる。

「そう言えばお前、まだ行ってんのか?」
「どこに」

恐らく温室へ行っているのかどうかを訊かれているのだと分かりながらも、時守は答えなかった。言い澱む友人を見て、それならば最初から訊いてこなければいいのに。と、思うもののそれが善意から来るものであると知っている以上、何も言えない。

「あのなぁ、遥。マジであそこはあぶねーんだって」
「知ってる知ってる。つーかいかねーし」

第一、生徒会も風紀委員も、全員嫌味なくらいに美形じゃんか。家柄の問題もあるし、早々関わり合いになることなんてないし。

「いざとなれば脱兎のごとく逃げ出すさ」

ならいいけど。そう返された時守は、そんなことありえないだろうけどな。と、心の中で付け加え、森本に手を振り、教室を後にした。

※※※

時守が温室がある方向へ向かっていく姿を偶然にも見かけてしまったものの、結局新倉は教室へと向かい、授業を受け終えてからその場所へと向かった。もしかしたらもういないかもしれないと考えながら足を向けた場所に時守の姿を見つけた新倉は、細く息を吐き出す。

「―――汐」

名を呼ばれた新倉は、相変わらず此処で昼寝か。と、言いながら時守の傍に近付いた。上半身を起こした時守に手を引かれ、視線を合わせる。

「時守、」
「汐はなかなか、下の名前で呼んでくれないな」

たまには遥って言って。と、そう言われた新倉は握られた手をそのままに、普段の姿からは想像できない様子で視線を周囲に彷徨わせた。

「汐」
「そう、何度も呼んでくれるな」

空いている方の手で自分の顔を覆い隠したものの、結局新倉の手は時守の手によって取り払われ、微かに赤く染まった表情が露になってしまった。

「―――うん」

笑われたもののそれを疎ましく思わずにいた新倉の唇に、微かな熱が触れた。

「そう言えば、見回りは?」

すぐにその熱は離れ、時守に問われた新倉は、口を開く。

「もう終わってる」
「ふぅん、そっか」

なら、いっか。と言いながら再度同じように触れられ、新倉は息を詰めた。

「よくない」

無理強いはしたくないのか、新倉の淡い抵抗に呆気なく離れた時守は、新倉から発せられた言葉に不満そうな声を漏らした。が、次の言葉に笑みを浮かべる。

「先に部屋に、行っててくれないか」

暫く見つめられた後、わかった。と、言った時守に対し、安堵の息を漏らした新倉は、時守と接する時だけは自分が自分でなくなってしまう。と、そんなことを思う。ただ、それが嫌だとは不思議な事に思ってはいない。

「じゃー、またあとで」

薄らと笑みながら言った時守を見て、新倉はぎこちなく頷いた。

※※※

カワイイなあ。と、温室を後にし、新倉の自室へと向かっている時守はそう思う。自分の手によって彼が乱れる事を知ったら、学園の生徒たちは何を思うのだろうか。もしかしたら自分も。と、そんなことを思ってしまうかもしれない。

(それは困る)

彼のあんな姿を知っているのは自分だけでいい。
運動が出来るわけでも、勉強が出来るわけでもない、容姿もこの学園の中で言えば普通といえる自分の思いを受け止めてくれ、応えてくれた新倉を思いながら、今夜はどうしてやろうか。と、時守は笑みを深めた。


ありがとうございました!
2012.09.01 km // title by 星が水没
[平凡攻め企画]

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