はじまりもおわりもだれもしらない
※Aの方だよ!
まさか、オーケーをもらえるなんて思ってもいなかったんだ。
幼馴染である川嶋優と山梨幸太の前で、齋藤尋人は項垂れた。
川嶋は次回の同人誌のネタになると喜びながら、山梨は彼女でもある川嶋の事を落ち着かせながら、尋人の様子を窺っている。だからといって、川嶋が本心から喜んでいるわけではないことを、尋人も山梨も分かっている。もしも本気だったのなら、彼女は今、この場所に居ない。PCの前に座り、彼氏も幼馴染もそっちのけで画面と向き合っている。
「……じゃあ、どうして告白なんてしたのよ?」
心底不思議そうに尋ねられた尋人は、絞り出すように、答えた。そんな彼女の手元にはスケッチブックがあり、何をかいているのかは、尋ねるつもりはない上に、知りたくもない。が、大方、男同士の何かがかかれていることだろう。
「尊と薫と賭けして、負けた」
王道だろ?!笑えよ!むしろ笑ってくれ!!!
必死に言う尋人に向けられるのは、憐みを含んだ視線だけだった。
桜庭尊と大海薫は、良くも悪くも時々、度が過ぎる遊びを思いつく。
その遊びに乗っかってしまった自分が悪いと言えば、其れまでなのだが。
それにしても、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
『学内で有名な真鍋一弥に告白してこい。何としてもオッケーをもらい、付き合うこと。で、惚れさせた後、別れろ★』
まさか、罰ゲームでそんな事が言われるとは、思ってもいなかった。最悪、拝み倒して付き合っている振りでもしてもらおうとは思っていたものの、そうすることもなくこのような事態になってしまうとも、思っていなかった。
「……ねえ、ひろくん?」
「んだよ」
「大海クンには仕返し、出来ると思うわよ?」
その言葉に、俯いていた顔をあげれば、やけに瞳を輝かせている川嶋の姿、もうそれを止める事すらせずに、自分の事をしている山梨の姿があった。
「彼、柴山栄と付き合ってるから」
「………おい。おいおいおい。ちょっと待て。ちょっと待て?」
「何かしら?」
「アイツ、男。柴山先輩も、男」
恋や愛の前では性別なんて些細なモノじゃない。でも、そうね。今度何か言われたらこう言ってあげると良いと思うの。全国ネットで柴山先輩とお前がチューしてる写真ばらまいてやるから、モザイクなしで。って。大海クンが柴山先輩に好きって言ってる音声もあるわよ?
にっこりと言う川嶋は、美人と言うことも相極まって、まるで死刑宣告を告げる悪魔の様だった。
「おま、それ、犯罪……幸太、お前の彼女……」
「言ってくれるな。アレで良心は残ってるんだ。だから問題はない」
「いや、あるだろ…」
それに、俺の彼女だけどお前の幼馴染でもあるからな。
山梨に言われた尋人は、そうだったと遠い目をしたものの、即座に彼女に向かい、言う。
「頼むから、自分で楽しむだけにしといてくれよ」
「それは勿論!」
大海くんに仕返ししたくなったらいつでも言ってね!
さっきまでの話はきっと、聞いているようで聞いていなかったのだろうと、尋人は脱力した。
***
「おまえ、マジでアイツと付き合うの?」
昼食時、いつものように屋上に向かおうとした直前、伊豆健太郎に呼び止められた真鍋は、彼を見つめる。手を離すようにと意味を込めたつもりだったものの、一向に離されない。
「そのつもりだけど?」
仕方なく、そう答えれば溜息を吐かれる。
「お人よしにも程があるだろ」
「俺的には棚ぼた」
どうやら、その言葉は伊豆には聞こえなかったらしい。
聴こえていたらきっと、別の事を言われている事だろう。
伊豆の自分に対する執着は、異常なモノだと真鍋は思っている。時折感じる彼からの、友人以上の何かには気付かないふりをして、自分には好きな人がいるのだと暗に告げて、過ごしてきた。
はやく、自分以外の誰かを好きになってくれればいいと、真鍋は思う。
「屋上行くから手、はなしてくれる?」
「おれも行く!」
「齋藤が来るからご遠慮ください。」
「!?」
喚いている伊豆をそのままに、真鍋は一人、屋上へと向かった。
昏い光を湛えた伊豆の瞳は、見てみないふりをした。
***
存外、真鍋と過ごす時間は楽しい。
大海と桜庭にアイツお前に惚れてるからそろそろ別れ話する時期だろと言われながら、尋人は思う。
真鍋は優しい。優しすぎて、泣いて、謝りたくなる。
「で?なんて言って別れればいいわけ。つーか好きになってもらうとかまずムリだろ」
「そこは自分で考えろって」
「そもそもなんでこんな罰ゲーム思いついたんだよ」
溜息を吐きながら言えば、大海も桜庭も笑った。
「―――――仲間増やそうとでも思ったのか、薫」
自然、声が低くなってしまったのは、仕方のない事だろう。
どうしてそんな突拍子もない事を思い浮かべてしまったのか、尋人自身にも分かってはいなかった。大海の動きが止まり、表情が、変わったものの、言ってしまったことはどうすることもできなかった。
桜庭は何の話か分からないのか、首を傾げている。
「な、にそれ」
「別に。なんでもない。真鍋待たせてるから行くわ」
「おい、ひろ…っ」
「何焦ってんだよ〜薫ちゃんってば〜」
ケラケラ笑いながら大海を引き留めながら尋ねている桜庭の声を後に、尋人は真鍋が待っているはずの教室へ向かった。
――――だ
―――ろ。別に。
真鍋しかいないと聞いていたはずのその教室には、他に人がいるようだった。
途中で入って行くのも忍びなく、尋人はもう少し後にすればいいかと踵を返そうとした。
「罰ゲームだって、知ってんのにいつまで付き合うんだよ」
その瞬間、耳に入ってきた言葉に、動きを止める。
(な、んで…)
知られていたと分かった瞬間、胸が苦しくなる。その理由は、分からなかった。ただ、もうこの辺りが潮時なのかという気がした。
(どうして、こんな…)
動くことも出来ず、その場に蹲ってしまった尋人の耳に、教室の扉が開かれ、誰かが息を呑むような音が聞こえた。その後、慌ただしくその足音は遠ざかって行く。きっと、それは真鍋と話していた誰かだったのだろう。それほど経たないうちに、俯いた尋人の視界に映った上履には、真鍋の名前が記されていた。
「………ごめん」
その場から動くことも出来ず、尋人は言う。
「ごめん、真鍋」
「何が?」
その言葉に、顔をあげれば、真鍋は微笑んでいた。
「だ、って」
「俺的には、棚から牡丹餅、だったんだけどな」
「へ…?」
言われている事の意味が分からず、首を傾げた尋人は手を取られ、立たされる。
成されるがまま。そのまま連れられ、気付けば、別の場所に居た。
「え…?」
「此処、俺の家」
「え?」
「学校いたままじゃ、アイツ等くるかもしれないし?」
「え、あ……」
一体何がどうなっているのかと思っていれば、座らされ、髪を撫でられる。そうしながら、真鍋が言う。
「罰ゲームでも、良かった。俺はずっと、齋藤の事が好きだったから」
「………おれ、おとこ」
「うん。でも、好きになっちゃったから。仕方ない」
それに、齋藤だって俺に告ってきたじゃん。罰ゲームだったとしても。恋人の真似事だって、できてたじゃん。
真鍋の言葉に、尋人はただ、彼を見つめる事しか出来なかった。
「告白して、惚れさせて、別れる。だっけ?なら、別れたことにしといたらいいよ」
「ま、なべ…?」
「なぁ、さっきのでショック受けてたってことは、少なくとも、俺の事嫌いじゃないってことだろ?」
「……お、れは」
震える手を握ってくれている、真鍋の手は大きいと、見当違いな事を考えながら、尋人は自分が言おうと思っていたこととは違ったことを、口にしていた。
「だましてるの、辛くて。罰ゲームだって、いつも、言いたくて。謝りたくて」
「うん」
「でも、それで、嫌われる、のも、怖くて」
「うん」
「おれ、は、」
「うん」
顔をあげた瞬間、目の縁から水滴が落ちるのを感じた。
「おれ、真鍋のこと、」
「うん」
いつのまにか好きになっていた。
そう告げる前に、唇に、熱が触れていた。
2014.02.05
km