Their story ≫ 第三幕
散歩道にて決意
特に目的地もなく、蒼は歩く。
先程別れた溝口は、何か言いたそうな顔をしていたがそれを気にせず、別れを告げた。
(―――嫌だな)
木々のざわめき、鳥のさえずりしか聞こえないこの場所では、思い出したくないことを思い出してしまう。
そうしようと望んでいないにも関わらず。
仕方ないことだと思いながらもやはり、気は進まない。
それでも、そうすることしか、自分には許されてはいない。
(アップルパイに、レモンパイ)
どうにかして別の思考に切り替えようと、蒼は鼓浦に強請られ、作る物を思い浮かべた。
そうしたところで結局、砂嵐がかかったような昏い、暗い映像が脳内で再生される。
思い出したくないと思ったところで、忘れないでほしいと願った人に、是と答えた自分が思い出せなくなることなど、ない。
(チョコレートケーキ、クッキー)
甘いものを作り始めた切っ掛けは、誰、だっただろうか。
誤魔化して忘れたふりをしていても、それは不意に、思い出される。
(―――――――――、彗)
結局、そうして最後には思い出さざるを得ない状況になる。
蒼は思わず、その場に蹲った。
(嗚呼、煩わしい)
嫌い、ではない。嫌いではないが、疎ましく、煩わしくはある。それと当時に、愛しく替え難いものでもある。
(結局、本質は変わっていないから、)
昨日、血を見てしまったのも原因だろうか。
蒼は思考を巡らせた。
(踏み出すのが、怖かっただけ、)
あの言葉を告げてしまえば、少しずつ、ゆっくりと終わっていく。
或いは、反対に性急に、まるで、台風のように。
自分はただ、それを、見たくなかっただけだ。
自分の様で自分でない、他人であって他人でない、過去に深く関わった、今はもう会えない人の事を思い出しながら、蒼は考える。
(―――――――、だけど、だから)
瞼をおろし、それまでの映像を忘れようとするかのように、頭を振った。
そうして目を開いた後、蒼は呟く。
「やっぱり。いい加減、言わないと、ダメ。か」
蒼は呟き、微かな吐き気を堪えながら、立ち上がった。
2012.10.07
2017.11.26