Their story | ナノ


Their story ≫ 第三幕

道なき道にて遭遇 其ノ二

息を吐いた後、蒼は何もいないと思われる茂みに向かって、声をかける。

「何時から見てた?紀伊」

名前を呼べば仕方なくといった様子で、其処から七草が現れた。

「……蒼」

珍しくも名前で呼ばれたからか、七草も蒼を下の名で敬称なしに、呼ぶ。

「はいはい。蒼ですけど。いつからいたの?きぃちゃん」

いつもは浮かべている柔和な笑みを貼り付けていないのも、珍しい。
そんなことを思いながら蒼は尋ねたものの、七草の視線が自分にない事に気付き(と、言うよりも最初から知っていたのだが)、きっと三草の去って行った方向でもみているのだろうとそう結論付け、口を開く。

「表、隠れちゃったみたいだね」
「なんで、知っている」

いつもの間延びした口調ではない分、威圧感が半端なく違和感もあるものの、些細な問題だと考え、厭に緊迫した空気の中、蒼は答える。

「うーん…会ったから。じゃ、ダメ?」

首を傾げながら言った蒼に、七草は不満気に顔を曇らせた。
それを見て、どう説明したものかと、蒼は思う。
あの時の状況‐三草ではない三草に出会った時の惨状‐を、今この場で説明するには些か、面倒な気がした。

「納得しないか」

表情を変えない七草に言うでもなく、蒼は呟く。
何もここで話さなくても良い事なのではないかとも思うが、七草が気にして話して欲しいと、答えを求めている以上は、説明しないわけにもいかないだろう。
面倒だからここは、簡略化して話てしまうべきだろう。
そう結論付けた蒼は、やや投げやりに口を開いた。

「僕が彼に会ったのは、今日も含めて三回」

三回も。
七草が呟いたことは分かっていたものの、はやく話を終わらせたい蒼は言葉を続ける。

「随分前に、夜の街で会ったのが一回目。名前訊いたら『みくさ。みくさ、かずおみ。けど、ちがう』って言われて、次には『かえらなきゃ、きい――――』って言って、ふらふらっとどっか行っちゃったんだよね。後から思い出してみたら三草と同じ容姿だったよなーっていう話」
「―――――――――――、」
「二回目は去年。なんとなくふらふら校舎内彷徨ってたら、ばったり遭遇して、『きい、どこ?』って聞かれたから、七草紀伊のこと?って聞き返したんだよ。そしたら頷いたから、特別棟の生徒だって、説明しといたんだ。この時間なら特別棟の屋上にいるだろうって話もしたかな」

確か。
蒼は言い、七草の言葉を待った。

「だからあの時俺が居る場所に来れたのか」

納得したとでも言うかのように返された蒼は、曖昧に笑った。

(ま、実際には違うんだけど、ね)

一回目、夜の街で三草は血溜まりの中にいた。面倒だと思いながらもその現場に向かっていた蒼は、自分の行動が遅かった事に途中で気付きはしたものの、このまま引き返すのも癪だと思い、この状況を作り上げたのが誰なのかを確認しようとした。正直なところ、あれほど人格が乖離しているとは思わなかったが、当時は面白いものを見つけてしまった。程度にしか思っていなかった。

そして二回目。七草への説明ではばったり遭遇。と、言ったものの事実は違う。ひょんなことから三草があの時血溜まりの中にいた者と同一人物であると気付いた為に、ちょっとした好奇心から観察していた。その最中、唐突に意識が切り替わったのか、その場にいた生徒たちを傷つけはじめた。その時、確かに三草の唇は『きい、どこ』という言葉を紡いでいたように思えた。その様子を傍から見ていた蒼は、流石にこのままでは拙いと思い、彼の前に姿を現し話しをした。その時傷つけられていた生徒たちは当時はまだただの風紀委員だった鷲澤に連絡し、一緒に病棟に送り届け三草の行動を忘れるように処置してもらう約束を取り付けた。その為、事実を知っているのは病棟の責任者と現風紀委員長の鷲澤と蒼の三人になる。

「そこで今回、三回目の逢瀬の話になります!」

当時の事を思い出しながら、蒼は再度口を開いた。

「表でも裏でも何が何でもどうでもいいんだけど、明らかにさっきのは僕の知ってる生徒会長・三草和臣とは似ても似つかない性格?んー、雰囲気。そう、雰囲気だったから、別人格。とか、そういう考え方したって、おかしくないよね?」

七草に問いかければ、暫くの間、何かを考えるように視線を彷徨わせていたものの、最終的に蒼に視線を向け、七草は緩く笑った。

「そうだねぇ」

口調が元に戻ったことが確認できた蒼は、必ずしも七草が納得したわけではないと分かっていたものの、特にそれ以上何かを言おうとは思わなかった。

「調べたわけじゃなかったんだねぇ」

ややあって言われた言葉に、蒼は首を傾げる。

「蒼ちゃんだったら調べると思ってたからぁ」
「やだやだ。めんどくさいの嫌いだもん、僕」

七草の言葉に蒼はいい笑顔でそう言い放ち、その答えを聞いた七草はそうだと思ったぁ。と、いつもの笑みを浮かべた。
いつの間にか、緊迫した空気は、なくなっていた。

2012.10.05
2017.10.23


copyright (c) 20100210~ km
all rights reserved.
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -