Their story ≫ 第三幕
食堂にて食事
とりあえず、ご飯食べに行こうか。
蒼のその言葉で、二人はホテルの食堂に移動している。道中会話がないものの、特に気にすることもなく二人揃って歩みを進めていた。
時間が早いためか人はまばらであり、普通に類される顔ぶれの生徒しかいない。別段特筆するような問題もなく、食堂へと辿り着き、食べ物の列へ一目散に向かう溝口を見送った蒼は、空いている席を探すと腰をおろす。
ズボンの後ろポケットに硬い物が入っていることに気付き、取り出せばそれは拾ったままにしてあった指輪だった。
昨晩のうちに、シャツの胸ポケットからズボンの後ろポケットに移していたことを思い出した蒼は、早いうちに私に行かなければと考えながら指輪を眺め、昨日と同じく、胸ポットに仕舞った。
(きもち、わるいなあ)
他人の物はできるだけ早く返すに限る。
ぼんやりと、過去の事を思い出していた蒼の頭は、軽くはたかれた。そのまま隣に座った溝口を見て、何故叩いたと呟いた後、差し出された皿を見た。
「朝ごはん、ちゃんと食べなきゃだよ、蒼たん」
「……まさかカラの皿持ってくるなんて」
やはり呼び方おを変えてくれる気がないらしい溝口を見つめた後、仕方なく蒼は、料理を取りに行くために立ち上がった。
いってらっしゃいと楽しげに手を振ってくる溝口にため息を吐きながら、配膳台へと向かう。より取り見取り、和も洋も、中も揃っている台を見つめ、パンを皿に乗せた後、コンソメスープを手にする。
席に戻った蒼は、それだけかと尋ねる溝口に食べるだけいいと思ってくださいと棒読みで返し、早々に食べ終えた。
「満」
「………………………、な、ナニカナー?」
「ちょっと僕、散歩してくる」
信じられない物を見ているかのような表情をされ、何故そんな顔をしているのだろうかと思いながらもあえてそこを指摘することはせずに、蒼は言い、ごちそうさまと手を合わせると空になった食器を持って席を立った。
「えっ」
驚く溝口の声は聴こえない振りをし、食堂を後にする。
自室に戻りベッドに横になるだけ横になってもいい気がする。集合時間まではまだ大分、時間がある。それでなくても未だ、大半の生徒は眠りの中に居るはずだ。
そう思いながらも蒼の足は部屋ではなくホテルの外へと向いていた。そうして気付けば、昨日指輪を拾った辺りまで来ていた。
「…………春日井先輩、」
偶然で済ませるには出来すぎている遭遇に蒼は嘆息し、それでも彼に声をかけた。
「おはようございます」
何されてるんですか?
その言葉に彼は振り向き、笑う。
「おお、藍田か。おはよう」
冬木の同室者である春日井春樹と何度か顔を合わせたことがある(勿論、そのどれもが不可抗力である)上に目立つ容姿であるため、彼のことを覚えていた蒼は、春日井は視線を彷徨わせた後、ぽつり。と、呟く。
「指輪、探してるんだけど見つからなくてさ」
春日井の言葉に、蒼は、もしかしなくてもこれのことだろうか。そうだったらついている。
そんなことを思いながら胸ポケットから指輪を取り出し、彼に差し出した。
「もしかして。これのことですか?」
「!?」
シンプルな指輪。その裏側には名前が彫られている。恐らく、その指輪を贈った者の名前が。
「―――――多分、これだ」
そうですか。と、蒼は呟き、続けた。
「それならよかったです」
誰のものかわからなかったので、先生にでも届けようかどうしようか考えていたところだったんです。
春日井は蒼が誰の指輪であるかを訊いてこなかったことを不思議に思う様子もなく、礼を言うとそのまま去っていった。
(それにしても、何故春日井先輩が…?)
いずれにしても。心中で蒼が、厄介事が一つ片付いたと思ったのは言うまでもない。
2012.09.30
2017.10.02