Their story ≫ 第三幕
宿泊部屋にて就寝
―――ん、蒼たん
声が聞こえ、蒼は目を開けたが、視界はぼやけている。
何回か瞬きをすることによってようやく、目の前に溝口の姿を認めた。
いつの間に寝てしまっていたのだろうかと思いながら、蒼は口を開く。
「ど、したの、みぞぐっちゃん」
舌足らずな言い方も萌え!という呟きは聞こえなかった振りをして蒼は溝口を見つめる。
視線に気付いたからか、それとも別の理由からか、心配そうな表情を浮かべた溝口は言う。
「どうもこうも、魘されてたから。起こさない方が良かった?」
「んーん。助かった。ごめん」
どうやら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
夢の内容は覚えてないが、魘されていたということはいつもと同じ、水底にただ、沈んでいく夢をみていたのだろう。
そんな事を考えながら、蒼は体を起こした。
そうして溝口を見れば、微妙そうに表情を歪めている。
「ありがと」
謝るより、礼を言われたほうが嬉しいと言われていたことを思い出した蒼は、そう言う。
「どういたしまして」
途端、笑みを浮かべた溝口を見て、自分は間違っていなかったのだと思いながら、蒼は周りを見渡す。
壁にかかっている時計を見付け、時間を確認する。
蒼の視線を追った溝口は、其処にあった時計を見て、言った。
「みんな夕食食べ終わって、大浴場での入浴も終わって、自由時間になったところ」
「そっか」
「んで、十時半に消灯予定。だいじょぶ?顔色悪いけど」
「ん」
やっぱ寝ない方が良いか。
呟いた声は、溝口には届かなかったようだ。
不思議そうにしている溝口を見て、蒼は微笑む。
「みっつんが真面目だと変な気分」
「ひっでー!あ、そういえば七くんに会ったんだよ。今年は場所近いみたいで驚いた!つづみんもいたんだけどさ、」
早口でニヤニヤしながら言っていた溝口の表情が曇る。
蒼は不思議に思いながら、彼の言葉の続きを待った。
「七くんに引き摺られてたん、だよね」
「ああ、単に糖分不足だよ、それ」
「は?糖分不足?!何それそんだけであんなことになるの?!マジで??」
信じられない、という顔をしている溝口に蒼は笑った。
夜が深くなる。
「寝なくていいの、みぞぐっちゃん」
「蒼の調子が戻ったら、ねるよ」
この友人は自分に甘い。いつからかこうなっていた。
居心地のいい、ぬるま湯に浸かっているような感覚になる。
これではダメだと、時折は思うものの、つい、甘えてしまう。
「かいがいしいね、」
「蒼にだけだよー」
笑いながら言う溝口に、申し訳ない気持ちを抱きながら、蒼は苦笑を返した。
(罪悪感、とか)
心の中で、らしくないと思う。
このところどうにも調子が悪い。
いっそ一思いに、全てを壊してしまおうかと考えることもあるが、そうすることだけは、出来ない。
「―――…うん。だいじょうぶ」
「なにが?」
「なんでもないよ」
呟きが聞こえたのか、不思議そうに聞いてきた溝口にそう答え、蒼は布団をかぶった。
「あのねー蒼」
「なに」
「いいんだよ、別に」
「なにが」
嗚呼、なんて、甘い。
溝口は時々、すべてを知っているかのような言葉を投げてくる。
それを心地いいと思っている自分がいるのも、事実だった。
「一人で生きてける人なんて、いるわけないじゃんか」
だから、いいんだよ。
溝口のその言葉に、蒼は嗤った。
「みぞぐっちゃんは、優しいね」
「蒼にだけね」
「それでも、ヒトに優しくできることは、すごいことだ」
布団から顔をだし、溝口を見ながら、蒼は言った。
溝口は苦笑を浮かべている。それをみて、蒼も似たような表情を浮かべた。
「寝なよ、みっつん」
「えー」
「僕の事は気にしてくれなくていいですヨ」
「気になるもんは気になるし?」
「気にしないでくださいな」
いつの間にか、消灯のアナウンスが流れる。
最終的に布団にもぐりこんだ溝口を見て、蒼は息を吐いた。
「蒼たん」
「なーにー?」
「ちゃんと寝ろよ」
「おー」
多分ね。と小さく加えが蒼は、溝口にそう返した手前、眠ることが嫌でも寝ようとした。
先程まで眠っていたからか、睡魔の訪れる気配はない。
結果、蒼は外の空気を吸いに行こうと部屋から出ようと思い、起き上がった。
音を発てず、その場を後にするのは慣れている。その、はずだった。
くん、と腕が引かれ、蒼は後ろに、溝口の腕の中に倒れこんだ。
「寝るって、言ったよな?」
溝口の声が耳元で聞こえ、体に回っていたと思っていた手は、顔に回されている。
ほぼ強制的に視線を合わされた瞬間、蒼は思った。
(やばい、目が据わってる)
溝口の目付きはいつもと比べ、大分鋭いものになっていた。
「蒼、」
そのまま、布団の中に引きずりこまれる。
何故このようなことになっているのか理解できないと思いながらも、抵抗らしい抵抗を出来なかった蒼は、結局、溝口に抱きこまれている体制で、布団の中に入ることになった。
「みぞぐ「寝ろよ」ぅ」
溝口に言葉を遮られることは珍しい。
そう思いながらも、次に言われた言葉に、蒼は驚き、目を見開いた。
「ずっと、寝てねーだろ」
「な、んで」
知ってるの。
蒼は呟く。んふふ。と、楽しそうに笑う声が聞こえ、釈然としない思いを抱えながら、どうやっても外れない溝口の腕を自分の体から離す事を諦めた蒼は、彼の言葉を待つ。
「ぼくさまの情報収集能力を侮っちゃいかんですよー」
「……また、一人称変わってるし」
思わず、変なところに突っ込んでしまったのは仕方のない事だろう。
(ごめん、先生。今日行くのは、無理)
もとより、確実に行くとは約束していない。だから平気と言えば、平気だろう。
そんなことを思いながら、蒼は深い息を吐いた。
2012.09.26
2017.03.28