Their story ≫ 第三幕
宿泊部屋にて考察
鼓浦と七草と別れ、生徒会主催の行事に参加した蒼は、本日の行事がすべて終了したというアナウンスを聞いた後、宛がわれた部屋へと向かう。
行事に参加したおかげで一般棟の生徒の集まりに紛れ込めたことは行幸だと思いながら、蒼はそのまま、部屋へと入った。
室内に入った蒼は、ズボンのポケットに手を入れた。指先に触れた物を取り出し、鈍色に光る指輪を見た瞬間に、数時間前に拾ったままだった事を思い出す。
(んー…)
何も得られないことは、何もこの手に残らないってことは、分かっている。
分かっていても、それでも。そうする他、方法はない。
他に道を残されていない場合は、仕方ないのではない。
「…きっと、大切なモノだろうな」
小さく、呟く。
同室者はまだ、同じ空間にはいない。だからこそのつぶやきだった。
(確実に大切なもの、だ)
シンプルな指輪の内側に掘られた文字を見た蒼は、小さく嗤った。
すぐに返すにしても、持ち主がどの部屋に居るかを知らない。
それこそ、七草に聞けばすぐにでも分かるが、そうすることは憚られた。
「――――――、」
チリ、と脳裏に痛みが奔り、蒼は眉を寄せる。
(嗚呼、本当に、面倒、)
痛みから得る物など、なにもない。
(いくら頼まれたからと言っても、断れば、良かったのに)
ああ、でもこの頼みを断ったら、今度こそ本当に自由がなくなってしまう。
自分も、自分の周りにいる人たちにも。
この場にはいない保護者代わりの人物を若干恨みながら、蒼はその場に蹲った。
頭痛は早ければ数秒後、遅くても五分以内には治まる。
その間動こうと思えば動けるものの、今の蒼にそうする気は起きなかった。
(最初からきっと、間違っていた)
こう言ったらきっと、優しいあの人は怒るのだろう。あの人だけでなく、あの人と共に暮らしている人たちも怒るに違いない。それは分かっていた。それでも、そう考えずにはいられなかった。
「……いたい、」
どうして。あの子は、全部忘れてしまえたのか。全部忘れた上で以前と同じような生活を行うことが出来ているのか。それでも、だからこそ。きっとまた、同じことを繰り返すのだろう。そうだとしたら、その前に止めなくてはいけない。
考えながら、立ちあがった蒼は、嗤っていた。
遠い昔に思える、それ程過去ではなかった、出来事を思い出しながら、呟く。
「分かってる、大丈夫。」
その場に、蒼と親しい誰かが居て、指摘していれば。それがまるで自分に言い聞かせるような言葉だったと、告げていたのかもしれない。
生憎、その場には蒼一人しかいなかった。
、一度は止めた歩みを再開させた。
「あーあ」
無性に、声が聴きたいと思った相手が居たところで、すぐにそう出来る手段を、蒼は持ち合わせていない。
「どうしようかなあ…」
嫌な事は、出来るだけ早く済ませてしまいたい。
(別にこんな場所どうなろうと関係無いけど紅さんとかに申し訳ないし)
あのいけ好かない、今はいない理事長との約束もある。それだけでなく、風紀委員長との約束も、ある。だからこそ、此処で我儘を押し通す事も、出来ない。
――――自分が、世間一般で言う「普通」と呼ばれる部類に入れているのは、偶然にも彼等に出会ってしまったからだろう。
蒼が学園に入学する切っ掛けになった一因でもある理事長は、初対面でそう言いながら懐かしそうに笑っていた。彼等に出会わなければ自分も弟と同じになっていた。そう言われたのことは記憶に新しい。
「いつだって、バカの尻拭いを誰かがすることになる」
嗚呼、面倒だ。すでにどうしようもないところまで来てしまっているため今現在の状況から元に戻すのは、不可能だ。
「まあ、でも」
好きにしていいって、言われてるし。
蒼は小さな声で、呟く。
事実は事実。変わりはしない。先程自分と関わった人たちは転入生が自分の事を覚えていないという事実に、少なからず困惑していることだろう。ただ、彼本人がソレを認めることは、まずない。今は、まだ。
「どうにか、しないとなあ」
どうやって指輪を持ち主に返そうかと考えると同時に、別のことを考えながら、蒼は呟いた。
考え付かれた蒼は、目に入ったベッドにダイブした。
2012.09.26
2017.03.26