Their story | ナノ


Their story ≫ 第三幕

林間学校にて遭遇 其ノ伍

―――これからどうしよう。

そう考えながら、蒼は目の前の惨状を見つめた。

腰を抜かして気を失ってしまった(いっそのこと起こってしまった出来事を忘れてしまっていればいいと思いながら)生徒をホテルに送り届けた後、強姦未遂現場に戻った蒼は、考えていた。
現在地については沈めたうちの一人を叩き起こして聞き出していた為、把握だけは出来ている。
そうでなければ、一般棟の生徒をホテルに送り届けることはできなかった。

「……うーん」

情報を聞き出した後、情報提供者である強姦未遂を犯した生徒を再度気を失わせた上で彼ら自身のベルトで拘束したことに対しては、思うところは何もない。
ただ、問題が一つ。

(連絡しようにも、携帯持ってないしなあ)

時々、不便に感じるという事はもしかしたら必要なのかもしれない。
そう思ってみたところで、蒼が携帯電話を購入することはない。
少なくとも、今は、未だ。

「うーんん…」

本当にどうしようかと考えていれば、後ろから音が聞こえ、面倒なことになったら困ると思いながらも振り返れば、見知った人の姿があった。

「…冬木、先輩」
「…藍田?なにしてるんだこんなとこ、で…」

蒼が所属している美術部の先輩の顔色が、徐々に悪くなっていく。
もしかしたらこの光景の所為かもしれないとは思ったものの、どうすることもできないと、蒼は困ったように、笑った。

「こんなところで先輩に会うなんて、思いませんでした」
「……僕もだけど、その…」

気を失っているだけの彼等を見て、言葉を続けることなく口元を抑えて逃げるように走り出した彼を、蒼はそのまま、見送った。

「冬木先輩!?」

形だけは、驚いたかのように彼の名前を呼び、追いかけるような動作をした上で。
何かあったのかを考えるまでもなく、蒼は気付く。

「ああ、なるほど」

血を見て、思い出しちゃったのか。
小さく呟いて、蒼は俯いた。
彼のそれは、自分にはどうしようもないことだと思う。

「…滲んでるくらいでもだめなんだ」

そう言って溜息を吐いた瞬間、キラリと光ったものに蒼は目を止めた。
何も考えずにそれに近付き、手に取る。

「………指輪?」

細いシンプルなシルバーの指輪。

「先輩の、かな」

追いかけようにも、どこに向かったかは分からない。それに。

「そろそろ、行かなきゃいけない、よね」

腕時計を見ながら蒼は呟いた。
結論を出した蒼は、シャツの胸ポケットに指輪を入れた。
彼等(昏倒させた人たち)が自分で気付き、ホテルに戻れることを願いつつ、その場を後にする。

(それにしても、)

臭い。
大した痛みがなかったにも関わらず、血が滲んでいた自分の手を見つめながら、微かに香るその匂いに、眉を寄せた。

「………抜け出す、か」

無知が罪であると知っている。けれど、だからと言って自分から他者の踏み込んではいけない領域に踏み込み、無知であることを棄てようとは少しも思わない。
彼はきっと、その事にすら気付かず、他者の領域へと非常識に無情に足を踏み入り、荒らす。
その本質だけは、きっと、いつまで経っても変わることはない。
そんな事を考えながら歩いていれば、不意に、蒼の視界は塞がれた。

「だぁれだぁ?」
「………きぃちゃん」

後ろから目隠しされた蒼は、声を聴いてそう言う。
答えた途端、その手は離れ、振り返ればそこには七草と鼓浦がいた。
何故此処にいるのだろうかと思いながら、蒼は七草の笑みを見つめ、微笑む。

「ざぁんねん!目隠ししてたのは十夜でしたぁ」
「………そう」
「そうだよぉ」

ケラケラと笑いながら言う七草に、微笑んだ蒼の視界は、揺れた。

「十夜?」

余り慣れない暖かさと、微かな甘い香りによって、鼓浦に抱きしめられている事に気付きはしたものの、どうしたらいいのか分からない蒼は、苦し紛れに尋ねる。

「また甘いもの切れ?」
「―――違う」
「蒼ちゃんにぶちんだねぇ」
「え、うそ」

七草の緩い声に返すも、鼓浦に抱きしめられたかと思えば、抱え上げられた蒼は、どうしたものかと自由になった視線を、さまよわせた。

「蒼ちゃんに隙があるのも珍しいねぇ」
「―――だな」

七草と鼓浦の二人に言われた蒼は、不愉快だと言わんばかりに顔を顰めたものの、二人の表情は変わらない。

「どーゆーことか聞いてもいい?」
「ふらふらしてるからぁ」

蒼ちゃん。

そう言われ、鼓浦に抱き上げられた自分を、見つめている二人の視線に、蒼は困ったように、微笑んだ。

2012.09.24
re 2016.11.04


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