Their story | ナノ


Their story ≫ 第三幕

林間学校にて遊戯 其ノ四

天城はいちいち、大きな声を出さないと話すことができないのだろうか。

「あれっお前誰だ!?」

一瞬にして劉堂から蒼へと、天城の興味が移ったらしいと思いながら、蒼は彼を見た。
まずはこの大きな声をどうにかしてもらうところから始めなければ、この先が困るかもしれない。
そんなことを考えながら、蒼は薄らと笑みを浮かべる。

「人に名乗るときはまず自分から。って、知らない?」

そう尋ねれば、今までは尋ねれば素直に答えてくれている者ばかりだったのか、天城は狼狽え、喚いた。

「し、失礼な奴だな!!!それくらい知ってる!!!!」
「そう?」

満足に見える場所と言えば、口元しかないにも関わらず、天城の感情は伝わってくる。
自分の思い通りにならないと気が済まないらしい彼は、自分から名乗る気はない様子だった。
天城の背後にいる、三草や柳刃たちを気に留めず、蒼は尋ねる。

「それで?」

正直なところ、蒼は天城の後ろにいる者たちが生徒会役員であるという事を忘れていた。
蒼にとっては取るに足らない問題だったからである。
最も、仮に彼等が誰であるかを覚えていたところで、結果は恐らく、同じだっただろう。

「何だったっけ。彼を探しに来たんだっけ?」

不思議と黙りこんでしまった天城に向かい、劉堂に視線を移しながら、蒼は言う。
その視線を追った天城は、蒼の言葉にこたえようとして、意識が劉堂のほうへ向いたらしい。

「なっ!何だったっけって!名前!じゃなくて、俺は傑を探して…っ!そうだ傑!なんで俺の傍からいなくなっちゃったんだよ!?一緒にいようって言ってたじゃんか!!」
「ごめんねー」

一つの事に集中できない天城を横目に、蒼はそうとは分からないように、劉堂の様子を伺う。

(やっぱり、違う、よなぁ)

劉堂は天城を見ているようで、見ていない。
彼が見ているのは、別のものなのではないかと蒼は思った。

「じゃー僕はこれで」
「待てって!!!」
「なに?」
「名前!聞いてない!!!!」

残念なことに、忘れてはいなかったらしい。
どうしたものかと考えながら劉堂に視線を向ければ、なんとも言えない面白い表情を浮かべていた。
劉堂の面白い表情を見れたことに免じて、名乗ってもらわなくてもいいかと思い直した蒼は、口を開く。

「藍田蒼。覚えなくて、良いよ」

すぐに忘れちゃうだろうし。

小さく付け加えたその言葉が、周りに聞こえたかどうかは分からない。
咄嗟に掴もうとした天城の手を避け、何もなかったかのように、蒼はその場を後にした。
天城が自分の事を追いかけてこようとしたところで、周りが止めるだろう。
案の定、後ろから追いかけてくる足音も気配もなかったものの、念の為彼らが来れないような場所に辿り着いたところで、蒼は足を止めた。

「………もう、いいか」

足を止めた瞬間、現在地を把握できなくなってしまったことに気付いた蒼は、少しばかり落ち込んでしまった。

「迷子だ」

いくら彼等が来ないだろう場所を選んで逃げてきたからと言って、自分で自分の位置を把握できない場所に来ることになるとは思っていなかった。
それでも彼等から離れられたことを考えれば、良しとするほかない。

「さてさて僕は今どこに来ているのでしょーか!それは木の海森の中〜」

小さく、歌うように呟いてみたところで、沈んだ気分は浮上しなかった。

「――――――ッ!!、―――――――−」
「―――――――――」

笑い声とそれに抵抗しているらしい声が聴こえた蒼は、目を細める。
現在地を把握しようとしたまさにその瞬間に聞こえてきたその声に、嘆息した。
するなと言ったところで、もしかしたらそれは逆効果なのかもしれない。
喧嘩にしても、強姦にしても制裁にしても。
人はきっと、自分の欲求を、抑えきれない。

「………さて、」

今自分は、一生徒の恰好をしている。
このまま出て行ってもいいが、後で面倒なことになると分かり切っていた。
それでもとりあえず蒼は、声が聴こえる方に近付き、様子を伺った。
勿論、自分がいる事がばれないように細心の注意を払って。

(あっれぇ、うーん?)

鷲澤に渡されたリストに載っていた生徒達と、彼等に襲われている可愛い綺麗系の生徒が、其処にはいた。
考えるより先に体が動くこともあるのだと、他人事のように思いながら、自分が発した言葉をどこか遠い場所から聞きながら、微笑んだ。

「警告三回目は、どういう処罰が下るか知っていますか?」

木の上に登っていたため、彼等はどこから声がしているのかが分からないようだった。
周りを見回す様子が思いのほか笑えると思いながら、蒼は枝から飛び降りる。
着地しながら、一番近かった生徒に蹴りを食らわし、続けた。

「今ちょっとむしゃくしゃしてるんで、」

殴りかかってくる生徒の相手をしながら、蒼は笑う。

「手加減とか全く出来ないかも。すみません」

まるで悪役が浮かべる笑みだと、その場にいる者たちに思われているとも知らず、蒼は軽やかに、舞った。

2012.09.24
re 2016.06.15


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