Their story ≫ 第三幕
林間学校にて遊戯 其ノ三
彼の言葉の続きを待っていた蒼の耳に聞こえたのは、舌打ちだった。
「えーと、それで?」
何を訊きたいんですか結局。
面倒そうに尋ねた蒼の腕が掴まれ、軋む。
強い力で掴まれたところで、蒼の表情は変わらなかった。
(……面白い反応をすべきだったかな)
顔を顰めている劉堂を、蒼は見上げた。
痛くなくても、気色が悪い。
軋んだ腕をなんとなしに見下ろした蒼は、劉堂に不可思議なものを見るかのように見られていることには気付かなかった。
「輝に何か、しただろー?」
夕と夜以外の生徒会のメンバーがいる時に、天城に近付いたことはまだないはずだ。
にも関わらず、劉堂は知っていた。
「…何か、って。何を?」
腕が解放されたかと思えば、今度は胸倉を掴まれた。
弾みで、蒼の体は宙に浮く。
それでも蒼が慌てることはなかった。
「仮にも生徒の上に立つ者が、こういうことをする。と」
思わず呟けば、劉堂は動揺した様子で手を放した。
若干ふらつきはしたが、地面に足をつくことが出来た蒼は息を吐き、掴まれていた腕の状態を確認する。
(あー痕になってるし)
自分の言葉に動揺し、解放する辺り、理性は残っているらしい。
そんなことを考えながら、掴まれていた方の腕を二、三回回し、普通に動くことを確認した蒼は、小さく呟いた。
「まぁいいか」
「お前、なんなのー?」
心当たりないって顔してるけどー、この前輝と話してただろー?
劉堂はその場にしゃがみ込み、蒼の方を見ずにそう言う。
「………この前」
「校舎裏ー」
不貞腐れた様子で呟かれた言葉に、思い当たることがあった。
しかし、それなら何故。あの時、見ていたのならば、何故、天城を助けるために、出てこなかったのだろうか。
数日前を思い出しながら蒼は、嗤った。
「ああ、なるほど。歪んでんね」
その言葉に劉堂が息をのむ音が聴こえたが、気にかけず、足元に在った小石を何気なしに蹴飛ばしながら蒼は続けた。
「僕の事、あの子に聞いても多分、答えられないと思うよ」
「………、」
呆けたように見上げられた蒼の脳裏で、足りなかったピースが合わさったかのように、カチリ。と、音がした。
「彼の頭の中の、問題だから。聞いても無駄」
「頭の中の問題ってー?」
「そのままの意味。何度聞いたって、僕がスイッチを入れない限りあの子は僕の事を忘れ続けるよ?僕と何度会っても。何度会話しても。何度、何かしたところで」
あの子は、天城輝は僕の事を忘れ続ける。
笑いながら、蒼は告げた。
「……そっかあー」
「うん」
劉堂はおそらく、盲信的に天城に心酔しているわけではないのだろう。
少なくとも、そういった印象は受けない。
他の者は明らかに、天城に近付く者が誰で在ろうと敵視しているが、劉堂はそうではない。ような気がした。
興味本位かそれ以外か。
「つまんないなー」
蒼がそんなことを思っていれば、そんな声が聞こえた。
その後の呟きは、聞こえない振りをした。
「なー、藍田くんさー」
「ナンデショウカ」
先程までとは違う光を孕んでいる劉堂からの視線に、蒼は顔を顰めた。
(なんか、厄介なことになった?)
そう思ってみたところで、もうどうにもならない。
「お前のほうが、面白そうだねー」
「そんなことはないかと」
笑みを浮かべながら続けられた言葉に、蒼は淡々と返す。
「そうかなー?」
「そうですよ」
理解に苦しむと言いたそうな表情を浮かべている劉堂を見て、これ以上会話続けていたところで時間がなくなっていくだけだと考えた蒼は、早々にその場を後にしようとしたが、騒がしい気配が自分たちのいる場所に近付いてきていることに気付き、小さく嗤った。
「ちょうどいいや」
尚更不思議そうにしている劉堂に、蒼は言う。
「面白いかどうかはともかく。アナタはきっと真偽が気になってるだろうから、「あー!!!!傑!!こんなとこにいたのかよっ!!」実際に、試してみようか」
結果的に言葉を遮られたにも関わらず、蒼は笑みを浮かべたまま、そう言った。
2012.09.24
re 2016.05.20