Their story ≫ 2
氷枕 (side.A)
数日前から何故か転入生に付きまとわれている。
あんな者を好くヤツの気が知れない。そう思いながらそろそろ逃げるのも面倒だと思い始めた時に、勘違い甚だしい発言をされ、秋野の怒りは臨界点を超えた。
再起不能になるまで殴ってやろうかとも思ったが、後が面倒になると思った秋野は結局、その場から逃走した。情けないとは思わない。ただ、これ以上厄介なことになる前に、逃げるべきだと思った。
何が気に入って自分なんかに声をかけるんだか。
ひたすらに騒がしい嫌悪感しか抱けない相手を思い出そうとして、やめる。折角収まった怒りが戻ったら、壁を壊すくらいしてしまいそうだ。そう、考えながら寮部屋のドアを開ければ、都が自室から出て歩いている所だった。
キッチンの手前で都と顔を合わせた秋野は、思わず声をかけていた。
相変わらず体調が悪そうな都を見て、また熱でも出しているのだろうか。と考え、先程まであったはずの苛立ちがなくなっていることに気付いた。気付けば、容器を受け取り、氷枕を作って渡していた。
(触りてぇ、とか…変態?)
唐突に思い浮かんだ欲求。秋野はそれに、困惑していた。
確かに、秋野は水枕を持ち、微笑んでいた都に触れたいと思った。
秋野は基本的に来る者は拒まない。同時に、去る者も追わない。男でも女でもいける秋野は、学園内の人間に自分から手を出したことはないが、仕方なく抱いた相手はいる。大抵後腐れがないように一回きりだが、それが原因で噂が流れていることも、知っていた。ただ、それはあえて許容している。
知られてはまずい噂は、潰すように頼んであるため、問題はない。
問題はないはずだが、何故か都にはそれらを知られたくないと、秋野は思っていた。理由は分からない。
(―――アイツ、危ねぇ)
ふと、そんなことを思ったものの、何が危ないのか明確な答えが出せない秋野は、今頃になって自分が床に座り込んでいたことに気付く。
「………あー」
どうしようかと考えた挙句、秋野はキッチンへ立ち、胃に優しそうな食べ物を作る。大した時間もかけずに作ったそれを、テーブルの上に置き、紙に一言だけ書き、それもテーブルの上に置いた。
まるで文通の真似事をしている自分を知ったら、仲間はなんて言うだろうか、からかわれることはまず間違いないという考えに至った秋野は、絶対に言わないと思った。
不思議と、紙面上での交流は続いている。
「…………、」
始めは一枚だった紙は今では束になっており、一体どれだけやりとりを続けているのかと、枚数を数えようとした秋野は紙の束を手にしたものの、結局元の位置に戻した。
(話してみてェな、)
自分から、そんなことを思った秋野はそんな自分に驚き、馬鹿じゃないかと、失笑した。
***