Their story ≫ 2
氷枕 (side.E)
五月半ばに転入してきた天城輝は良くも悪くも目立ち、少なからず周りに影響を及ぼしている。それが良いものなのか、悪いものなのかは当事者でない都には分かるはずもなかった。同時に、解りたくないような気もする。
「わー今日もか」
「……うるさいね」
溝口の言葉に都は返す。騒ぎの方向に視線を向けることはしない。
「結城どこ!?昼ごはん一緒に食べる約束してたから迎えに来たんだ!」
その言葉に都はアレ。と思った。
「溝口」
「ん?なんだい遠藤」
「篠って、今日来てるの」
「来てないね」
自分の疑問が解決した都は周りの騒ぎは気にせず、プリンを食べる。クラスメイトがどうにかしたのか、暫くして耳が痛くなるような大きな声は遠ざかって行った。
「遠藤は興味ないの?」
「……転入生に?俺より、溝口の方がありそうだけど」
なんなら、関わってこれば?そう言った都に、冗談はおよしになって。と、口調に反して真顔で返され、不思議に思っていれば溝口は続けた。
「見る分には良いんだけどね、関わったら面倒なことになるし。同室者に嫌われちゃうからさぁ」
傍観者に徹していたいね。ほんと授業終わったばっかでまだ人がいっぱいいてよかった。じゃなきゃ僕ら確実に声かけられてたさ。笑いながら言う溝口の瞳だけは真剣で、都は尚更不思議だと思った。
「あ。この前会った人か」
都の言葉に、溝口は笑う。そんな顔初めて見た。と、都は思った。
「そう言えば、同室とはどう?」
「……特に変わりはないけど」
何故か瞳をぎらつかせて質問をする溝口に、都は淡々と答えた。そっか。と残念そうにした溝口を怪訝に思いながらも、深く尋ねることはしない。先にプリンを食べはじめていた都を見て、僕もおべんと食べよう。と、鞄から取り出し、手をあわせた。
「いただきまーす」
「どうぞ召し上がれ」
美味しい、と言いながら食べられていく弁当の中身は、確かにおいしそうだった。食欲が滅多にわかない都でも、そう思ってしまうほどには。
「毎日すごいね」
都の言葉に、溝口はきょとん、とした。
「弁当。毎日作ってきててすごいなって思って」
「なに?遠藤も食べたい?明日のならあげてもいいよ!今日のはあげられないんだな。なんてったって蒼たんが作ってくれたやつだから!」
「え…は?」
どう返したらいいんだろうか、と考えていた都に、溝口は言う。
「弁当作るの、同室者と一日交代制にしてるからさ」
「仲いいんだ」
「んー。まあ、ほどほどに?」
なんで疑問形。都が笑えば、仲が良いっていう定義って、人それぞれだよね。と、溝口も笑った。
「はー、疲れた」
笑い疲れた。
大して笑ってないにも関わらず都が言えば、溝口の表情が変わる。ただ、都が煩わしいと思っている心配しているような表情ではない。何も言わずに額に手を当てられ、その手がひやり、と冷たかったために都はぱちぱちと瞬きした。
「また熱出てんじゃない?」
「えー」
最近調子良かったのになあ。
離れて行った溝口の手の冷たさを名残惜しく思いながら、自分でも手をあててみる。
(あつい、かな)
言われてみれば、ぐらぐらしてる気がする。と、都は机に頭を乗せる。
「ムリすんなよー」
「おー」
溝口に返し、授業受けたら速攻帰ろう。と、都は決めた。ムリをしていたつもりはなかったにもかかわらず、終業ベルが鳴る頃には体が重くなっていた。
部屋に戻って熱を測れば、案の定発熱していた。その事実にまたかと思い、薬を飲んで布団にもぐりこんだ。途端、今日聞いた話が頭の中をぐるぐる回る。
元より転入生に興味がない都は、溝口の話を流して聞いていたのだが、気になることが一つあった。転入生が、秋野に声をかけたらしい。彼は、どうするのだろうか。不思議なことに、大して関わったこともないのに多少なりとも気になってしまう。
(関係ない、)
考えたところで、関係ないのだと。都は思考を打ち切り、だるい体を起こすと水枕の容器を持って、キッチンへ向かった。カタリ、と音がする方向を見れば、秋野の姿があり、顔を合わせるのは大分久々だ。ぼんやりする頭でそんな事を思った。
「………貸せ」
「?」
自分が何を言われたのか理解できなかった都は、秋野の言葉に首を傾げる。
「それ」
指差されたのは都が持っているものだった。理解できずに言われるまま差し出せば、秋野は冷凍庫から氷を出し、その中に入れ、水を入れた後金具を止める。動くのが億劫だった都は助かったと思ったものの、秋野の行動を不思議に思った。
「あー…ありがと?」
「………別ンとこ冷やした方が良いんじゃねぇの?」
「んー…」
秋野の問いに、深く考える事もせずに都は答えた。
「氷枕、好きだから」
黙ってしまった秋野に対し、何か変なことでも言ってしまっただろうか。と思ったものの、そんな変なことは言ってないはずだ。と思い直し、都は秋野が差し出してきた氷枕を受け取り、頬を緩める。
「じゃあ、おやすみ。ありがと」
「…………あぁ」
ふらふらと都は自室へ戻り、氷枕を抱きかかえてベッドへ潜り込んだ。
***