飼われる獣
※会長と獣の子と非凡
他の何かになりたかった。と、彼は言った。言いながら、笑った。珍しくも彼の目のふちで光ったものが何かを知りながら、それについては、触れなかった。尋ねるのも、実際に触れるのも、何故だかとても、怖かった。そのまま困惑気味に彼のことを見つめていれば、だから俺は君の事が好きなんだ。と、微笑まれた。それが、数週間前の出来事。
「―――――――真嶋」
考え事をしている最中、聞こえてきた声に振り向けばそこにいたのは会長だった。周りに興味があるとは言えない自分が会長のことを知っている理由は、彼が『覚えておかないと損をする羽目になる』と言ったからに他ならない。会長だけではなく、生徒会役員と親衛隊持ちの生徒の事は、知っている。顔だけは。
「どうかされましたか」
尋ねれば、顔を顰められる。そんなにひどい顔をしてしまっていたのだろうか。彼は、僕の元同室者は、学園を去ってしまった。彼がいないのなら、取り繕う必要も、ない。と言うより、取り繕うための手本がいなくなってしまったために、いろいろと、難しい。
(嗚呼、こんなんじゃ、)
獣に育てられていた僕のことを、彼は拾ってくれた。彼だけが、僕を獣として見なかった。それはとても苦しくて、辛くて。だけど同時に、不思議ととても、嬉しいことだった。
「―――――――どうかされましたか。じゃねーよ…」
おまえらしくないじゃないかと言う会長様に、僕の何を知っているのかと尋ねようとして、やめた。それは意味のない問いかけだ。僕はそれを、知らなくても生きていける。獣はただ、生きていれば良い。だけど彼を悲しませたくないなら、最初からこんな風にすべきではなかった。彼がいなくなってから短期間であまりにも、怪我人を出し過ぎてしまった。そう思った自分に気付いた瞬間、まるでヒトみたいだと、笑ってしまう。それはきっと、歪なものでしかなくて。誤魔化すように、口を開いた。
「生野君の傍にいなくてもいいのですか?」
時期外れの転入生である生野木葉は、学園に馴染もうともせず、周りを混乱させている様だった。そんな生野と同室になってしまった彼は、療養を理由に学園を去ってしまった。また戻ってくると言うのなら、何故僕を連れて行ってくれなかったのか。結果として生野に付き纏われることになってしまった僕は、こうして、本来生野が受けるべき制裁をこの身に受けている。大してダメージはないものの、いい加減生野に手を出しそうになってしまう自分がいて、こんな目に彼もあっていたのかもしれないという考えに至ってからと言うもの、生野を始末してしまいたくて仕方がない思いが日に日に、強くなっていく為に必死にそれを抑え込んでいる。彼が『生野には手を出さずに待っていて』と言わなければ、こんなに我慢しなくても済んだのに。ただ、逆に言えば、生野以外になら手を出してもいいということになる。だからこその、現状。
「おまえこそ、椎名の傍にいなくていいのか」
椎名紬。それが僕の飼い主でお手本である彼の名前で、何故会長がそんなことを尋ねてくるのだろうかと、思わず、首を傾げてしまった。く。と、目の前の男は嗤う。何が面白かったのかは、分からない。基本的に、ヒトの感情というものが、分からない。複雑すぎて、理解することが出来ない。
「僕と椎名は、元同室者。ただ、それだけの関係ですけれど」
何故、そのようなことを?そう尋ねれば、会長様は何かを考え込むかのように押し黙り、かと思えば、楽しそうに笑った。
「それは違うだろう?おまえと椎名は、か「それ以上は自分の身を滅ぼすことになりますよ?」………椎名。また随分、タイミングが良いな」
「どこでだれが何を聞いているか分からない以上、軽はずみなことは口にしないことですね、会長様」
これ以上はダメだと言うかのように、少しばかり骨ばった掌で両目を覆われる。嗅ぎなれた香りが鼻孔を擽り、聞き知った声は、耳に心地よく馴染んだ。
「まったく。これは俺のなんですから。手を出すなと言っておいたはずですけど、忘れてました?」
油断も隙もあったもんじゃない。笑いながら、彼が言う。楽しそうだと、そんなことを思ってしまった。手は出してないさ。と、言った会長に、彼はああ言えばこう言うと呆れたように言っていた。
「しい、な…」
「ただいま、真嶋」
笑いを含んだ声で言われ、息を吐く。
「仕方がないだろ。怪我人出しすぎなんだよ、そいつ。お前の所はどいつもこいつも、」
「あのですね、椎橋。そう言いますけどこの子が自分から手を出すわけがないですから」
生野とは出来が違うんです。そう言った彼に躰の向きを変えられ、抱きしめられる。オアツイコトデ。と、面白そうに言う会長の声が聞こえたところで、どうでも良かった。そう言えば、この人と会長は遠縁の親戚だったな。以前教わったことを思い出していれば、腕の力が強まった上に髪を撫でられる。気持ちいい。
「それで?」
「ァん?」
「生野はどうしました?」
「言われた通りしといたさ。此処に来る前にな」
「そうですか」
見なくても、笑っているだろうことが分かってしまった。
「しっかしほんとに早かったな」
「早く会いたかったので」
「誰に……は、愚問だな」
会長と彼の会話は、理解できない部分があったものの、別に良いかと、そう思う。
「じゃあ、始めましょうか」
「――――――――そうだな」
会長の気配が消えて、ようやく彼の腕から解放されれば、彼は微笑んでいた。
「―――――――――――おかえり、なさい」
「ただいま、」
もうすっかり人みたいだなあ、と、囁かれた言葉は聞こえない振りをした。
2013.06.26
なんていうかわんこ系…
この後は二人+会長で転入生をはじめ問題起こした生徒たちを痛めつけ…以下略