破った戒め
※斎賀と有吉/ある日の放課後
魂を揺さぶるような、そんな音を、有吉は弾く。 や、そんな難しい事。よく分かんないけど。なんとなく、そんなことを思ってみた。
「有吉」
ピタリ、とピアノの音が鳴り止む。有吉は振り向き、斎賀か。と呟くように言う。少し掠れている声は、何かを思い出させた。
「どうかした?」
「帰らないのか?」
お前が帰るなら、一緒に帰ろうかな。
そう言った有吉に、笑みを返せば不自然に視線を逸らされた。何かいけないことをしただろうか。と、一瞬だけ考えてみたものの、結局。分からずにそのまま、有吉がピアノを片付ける様子を見つめる。
蓋を閉じ、鍵をかけた。それも、何かに似ている。酷く、何かを思い出させる。それが何かは、やっぱり、分からない。
「今日、部活は?」
「なし。なくなった。だから遊ぼうぜ。つーか俺、ラーメン食いたいんだよ。奢るから、来い」
俺の都合はお構いなしか。との言葉に、どうせお前も暇だろ?と返せば笑われた。
もう少ししてからこれば良かったかもしれない。そう思いながら、荷物を手にした有吉を見れば、悪い笑みを浮かべていた。何か悪だくみでもしているのだろうか。と、考えてみたところで口には出さない。
「お前の演奏、俺は好きだよ」
気付けば、口を吐いて思っていた事と全く別の言葉が。
「それは、光栄だな」
けど、もう。二度と人前では弾きたくないんだ。と、呟かれた声は、聴こえない振りをした。
加筆修正 : 2012.10.28