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認識不全

※保険医→無関心になりきれない無関心


無関心でいれば誰も傷付けずに済むと思っていた。それが、間違いだったのか。目の前で泣く誰か(否、多分転入生。こんなに大っぴらに感情表現する人を、他に知らない。気がする)を見てそんなことを思う。周りから暴言を吐かれようが、暴行を受けようが、何も思わなかった。否、思う事を禁じていた。そうすることで、自分の身を守っていた。

「ど、うして…っ」

どうして。どうして、か。答えなければいけないのだろうか。と、視線を彷徨わせた先にあったのは、ただひたすらに、困惑していた周りの視線だった。首が苦しい。息が出来なくなりそうだ。けれどそれすら、どうでもいい。何でもいい。誰でも良いから、はやくどうにかなってしまえばいい。
人間というのは案外頑丈に出来ていて、ちょっとやそっとじゃ死ねないって事が此処数ヶ月で嫌という程分かってきてしまった。それもこれも、転入してきてくれた人と、ソイツに惚れてくれた周りの奴等と親衛隊のおかげ。その事に関しては、少しばかり感謝しなくてはいけないかもしれない。最も、そう考えたところでお礼の言葉など出てこないのだけど。

「なんでっ言ってくれなかったんだよ…っ」
「べつに。僕の不注意だったから」

大声で喚かない彼を、珍しい。と、言いあっている囁き声が聴こえる。そうか、これって珍しいんだ。と、思いながら、襟元を掴んでいる手に自分の手を添えた。まるで、熱を持っているかのように暖かい彼の掌に、自分の手が相当冷え込んでいる事に気付く。ただ、だからどう。って話でもない。そのまま、やんわりと手を離して行けば、声もなくただ、涙を流していた。それに対して、罵倒は飛んでこない。その事も珍しかったのか、遠巻きに見ている場所から囁き声が聞こえる。
身体のあちこちが痛いと思ってみたところで、どうにかしようとは思わなかった。そう言えば、保険医が毎日必ず来い。と、真剣な顔で言っていた様な気がする。こんな時にどうしてあの人を思い出すのだろうか。考えてみたところで分からなかった。

「それに。信じてもらえるか、分からなかったし」

何か言わなきゃいけないのかもしれない。そう思って口を開けば、転入生は目を見開き、更に涙をボロボロと零した。

「君、友達を悪く言われるの、嫌いなんでしょう。最初、そう言ってた気がしたから。別に僕、自分が傷つこうがどうなろうが、どうでもいい、し」
「―――んだよ、それ」
「………?だれ?」

声が聴こえた方に顔を向ければ、オレンジ色の髪をした怖い顔した人がいた。同じ顔で人が違うとこうも変わってくるのか。制服を着ているから多分、生徒なんだろう。高校生ってもう、立派におじさんだよな。と、思いながら聞けば、何故かショックを受けた顔をされてしまった。全く持って、理解できない。周りも、何に驚いているのか分からないけどさっきから呆気にとられた、信じられないものを見るような目しかしていない。同じ顔が此処まで揃うと、シュールにも程がある。

「なぁ、」
「何?」
「俺の、名前…っ、」

分かる?と、尋ねられて、分かる。とは言えなかった。徹底的に無関心でいよう。と、決めた時から、否、その前から。ああ、でもたしか、頭を強く打ってからだったかもしれない。いずれにしても、いつの間にかみんなみんな、同じ顔に見えてきた。それは決まって、こうなる原因を作った人の顔を模っている。声こそ違うものの、見るのも苦痛、覚えるのも苦痛だった為、もういいか。と、匙を投げたのも数年前。それからというもの、たとえ人気者だったとしても、誰が誰なのかは分からない。

「俺の、せい…?」
「―――違うよ」

何が。とは、訊けなかったものの、其れだけは違う。と、即座に否定した。こうなってしまったのは自分に問題があるのであって、ああ、どうしてここでまた、保険医の言葉を思い出すのだろう。同じ顔で髪の色と特徴だけ違っていた中で、ただ一人、分かりやすかった保険医の言葉をつい、思い出してしまう。自分の事をもっと大切にしろ。と、言われたことを。無関心を貫き通すつもりが、いつの間にか彼に対してだけは、そうできていなかったのかもしれない。だけど、

「君云々じゃなくて、元からどうでもいいから。僕は本当に人気者に興味がないし、そもそも区別がつかない。誰にも話したことなかったけど、この際言ってしまおうかな。もう何年も前から、僕の目に映る人は全員、同じ顔に見える。ただ違っているのは、髪の色と服飾品、だけ。ピアスとか、つけてれば多少は分かるのかもね。だからだれだれ様に近付くな。って言われたところで、それが誰なのか、どんな姿をしているのかも分からなかったし。何せ同じ顔にしか見えないから。君の周りにいる人たちが嗚呼、それなのか。って思う程度。けど興味ないからすぐに忘れちゃうし。それに、親衛隊に呼び出されて警告されて、近付かない。って言ったところで信じてもらえなかっただろうし。どっちにしても痛い思いするなら、別にどうでもいいかな。って。まあそんなわけで、実は僕、君の事もあまりよく認識出来てないんだよね。周りは整ってるとか言ってるみたいだけど、正直なところ、黒いもっさい頭の時の方がまだ、区別出来てたかも」
「…………っ、」
「と、言いますか。生徒名簿には一応、その旨記述してある筈なんですけど。生徒会の皆さんは読まれなかったんですか?役職に就いた時、生徒の書類には目を通す様にっていうの、ありましたよね。確か」

無関心になりきれない頃、目にした事を口にすれば同じ顔の数人が何処か、顔を青褪めさせた。此処まで同じ顔が揃いに揃ってると、気分が悪くなってくる。もしかしたら今更思い出したのかもしれない。

「………相貌失認」

ああ、そんな名前だったっけ。と、思いながら、その声が誰のものであるかも特に考えることはなかった。

「うん。だから、正直なところ誰にやられた、かなんて僕には分からない。分からないし、知りたくもない。だから君が気に病む事じゃないんだよ。原因が何かって言われたら、君が来て生徒会役員や人気者が君を好きになって付き纏って、生徒会に至っては仕事放棄して、なんでか君が僕に執着してる?から敵意を向けてきて、その人たちが親衛隊に転入生には制裁するな、かわりに僕に制裁を。と、言った結果。こんな状態になっていたみたいだけど。それにしたって、どうにかして逃げる事は出来たわけだし。そうしなかったのは僕の非だから」
「そ、んな…っ」
「それに。こんなんだからまず、誰かを好きになる事って、ないと思うんだよね。どうせ、信じてもらえないんだろうけど」

もしかしたら彼は、信じられないと、彼等を見つめているのかもしれない。それすら、わからないのだけど。ああ、無関心って難しい。どうしてこう、うまくいかないんだろう。本当に僕は、心底どうでもいいのだけど。無関心でありたいのだけど。

「ただ、今の説明でいろいろと納得してもらえたなら、金輪際僕の事は放っておいてくれないかな」

親友。って言ってくれるくらいだから、その親友の頼みを、君が断るはずないよね。
そう言えば、それ以上は何も言えなくなったのか、彼等は一様に頷いていた。かくして僕は、図らずも再び平穏を手にすることが出来たものの、あれから少しばかり、居心地が悪い思いをしている。

「大分よくなってきたな」
「………そうですか」

保険医の言葉を聞きながら、そんなことを思う。例外中の例外なのか、家族以外にこの人の顔も認識できるようになっていた。いつの間にか。ただ、他の人の顔の区別は未だに、つかない。分からなくても特に問題はないからいいのだけど。
聞いた話。転入生、はあれから大人しくなったらしい。かといって、この学園の悪習を受け入れたわけでもない。らしい。少しずつ、これまでとは違った方法でこの場所を変えようとしているみたいだった。生徒会は夢からさめたように、仕事に取組み、授業にも出席していると言うし、他の人気者たちも同じような感じ。らしい。どちらにしても、僕には関係のない事なのだけど。
だからだろうな。と、前置きされ、続けられる保険医の声は、すんなりと僕の耳に届く。

「周りは、お前に感謝しているみたいだな」
「………そうなんですか?」
「相変わらず無関心、か」
「はぁ…どうせ、分かりませんし」
「私の事もか?」
「………それが、不思議な事にセンセイのことは分かるようになったんです」

どうしてでしょうね。ある日突然、見知らぬ顔が見える。と、思ったら先生でした。と、告げれば、本当に、珍しくも心のそこから不思議に思っているにも関わらず、目の前の男は柔らかく笑った。思わず、この笑みを向けられて恋に落ちてしまった人は何人くらいになるんだろうか。と、考えてしまうくらいには素敵な笑みだった。

「それは、嬉しいな」
「………そうなんです、か」

湿布の上から良くなってきた痕を軽く触れられ、其処だけが変に熱を持っているように感じた。可笑しいと思いながら其処を見詰め、無自覚か。と、呟やかれ顔を上げれば、保険医の眼鏡の奥で、切れ目の双眸が柔らかく細められていた。

2012.10.01


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