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真黒

※唯一の愛が欲しい人とその友人


「要りません」

その言葉が聴こえた瞬間、周囲の空気は凍ったかのように、静止した。

「僕は僕だけを愛してくれる人が欲しいのです。ですから、貴方からの愛など必要ありません。どうぞ他の方を愛して差し上げて下さい」

謹んで辞退します。と、言いながら、絮節真<わたぶしまこと>は微笑んだ。一部の者に求愛行動をされている相手に向かい、気持ち良い程きっぱりと言い放った。周りは絮節のその行動を、信じられないものを見たかのように、見つめている。ただ、彼の唯一の友人である男だけは違っていた。なんとも絮節らしい。と、思いながら、その男はこの後どのようになっていくのだろうか。と、面白半分に野次馬に混じった。

「なんでだよ!俺が愛してやるって言っているのに!!どうして!!」
「先程も言いましたが、僕は僕だけを愛してくれる人が欲しいのです」
「〜〜〜〜〜〜っひどいっ!」

ばしん、と、乾いた音が鳴り響き、絮節が尻餅をつく。頬を叩かれただけで尻餅までつくとは、いったいどれほど強い力で頬を叩いたのか。そう考えてしまうのが普通であるものの、恋愛フィルターを通して転入生を見ている周りにそのような考えが出来るはずもなく、絮節には罵詈雑言が浴びせられた。
しかしながら絮節は表情を変えず、ポツリ。と、何が酷いのでしょうか。と、呟いていた。

***

「酷いっていうのは転入生君の言い分だよねぇ」

回転椅子に座り、くるくると回りながら、絮節の唯一の友人である中邨鬼一<なかむらきいち>はそう言った。それを聞いた絮節はそうですか。と、手当を終えた頬を擦りながらそんなものですか。と、呟く。些か納得いっていないのは、仕方のない事だろう。

「鬼一は、彼の言う事が分かりましたか?」
「俺はねぇ、転入生君のことだぁい嫌いだからぁ、」

理解しようという気すら起きないのぉ。それを聞いた絮節は、要するに分からなかったのだろう。と思い、こくり。と、頷いた。

「真はさぁ、」
「はい」
「真は、自分だけを愛してくれたら、誰でもいいの」
「……………少し、違います」

絮節は中邨に向かい、転入生からだけは好かれたくないので、ああ言っただけですから。と、続けた。

「俺、真のこと、好き」

回転椅子の動きを止め、上目使いで見つめられた絮節は、驚いたように目を見開き、珍しく真剣な表情をしている中邨に向かい、そうですか。と、だけ返した。

2012.07.27


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