02
『――――――』
夢の中で、誰かを呼んでいる。
誰かを呼び、手を伸ばして、それから。
―――それから?
考えをまとめてみようとするものの、結局うまくいかない。
「幸野」
声が聴こえた気がして振り返れば、確かに、そこには“人”がいた。
それを人と呼んでいいのかは、分からない。
まるでそこだけ世界から切り離されたような、そんな風に感じる空間に、彼は立っていた。
目元は、見えない。ただ、口元は笑みを模っていた。
「…………、」
彼は、誰だっただろうか。
とても遠くて近い場所にいた、大切だった、はずの人の名を、思い出すことが出来ない。
まるでそこだけ、その部分だけ切り取られたかのように。
「良かった」
にこり。と、笑った彼の顔に、心臓が大きく鳴った。
全く知らないはずのその顔を、よく知っているような気がした。
「バイバイ」
彼は、何のために声をかけてきたのか。
ただ、彼から感じられた親しみと哀しみが、淡く消えていくそれが、苦味を遺す。
「―――――誰、だ?」
気付けば、いなくなっていた。
彼との逢瀬は白昼夢だったのではないかと、疑う程に、呆気なく。
確かに感じていた空気は、散っていた。
講義室に入る前も、入ってからも。
結局、彼の名も何もかもを思い出すことは叶わなかった。
2012.05.11