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青に揺蕩う影と消ゆ

※天狗+犬神/水神と少年について


珍しく酒を持参し、訪れた犬神を見て、天狗は一瞬、息を止めた。

「そうか。逝ってしまったのか」

苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべている犬神の傍に、番となった青年の姿はない。
今日に限っては置いてきたのだと、暗に告げられた天狗は、膝に乗っていた愛し子を見た。
見つめられた少年は、膝から立ち上がり、何も言わず、台所へと駆けて行った。

「足、つぶれていなかったか」
「阿呆が。幾月流れたと思うておる」
「―――、」

それもそうかと、天狗の言葉に犬神は頷いた。
どうにも、月日の流れが曖昧になってはしまうが、あの子供は100年以上、この場に留まっている。
つぶれていた足を動かせるようになるのも、有り得ない話ではない。
天狗と交わっているのだから殊更だ。

「だんなさま」
「気が利くの、あけび」

徳利と御猪口を盆にのせ、戻ってきた少年に、天狗が笑う。
その笑みを受けて、嬉しそうに少年も笑った。

「遊びに行ってきても良いぞ」

こやつが良いと言うたらだが。

天狗の言葉に、犬神は一瞬、考え、許可を出した。
満月もきっと、遊び相手が行けば自分が留守の間暇を弄ばずに済むだろう。
天狗の許可が出たからか、自分がこの場にふさわしくないことを悟ったからか、少年はひとつ頷くと、彼の手から鈴を受け取った。

「いってきます」
「気を付けての」
「はい」

軽やかに門へと掛けていく少年を見送った天狗は、犬神の手から酒瓶を取り、蓋を開けた。

「あやつは幸せだったのかの」
「さァな」

最後に会ったのは何時だったか。
犬神はあらぬ方向を見てそう言い、それに構わず、天狗は御猪口に酒を注いだ。
青々とした酒は、いなくなってしまった友人の瞳を思わせる。

「そういえばあやつの選んだ子も青かったな」
「あァ?あれは後からの色だろ」
「はて。そうだったかの」

そうだろ。同じにしてくれって言われたって、愉しそうにしていたからな。
随分と昔に自分に向かって落ちてきた少年を、甚く気に入った水神は、少年の全てを奪い自分の物とした。
記憶すら奪われた少年は、自分には彼しかいないのだと思い込み、彼と共に過ごしてはいたが、入物が気持ちに追い付かなかった。
それでも、持った方だったと、天狗も犬神も、そう思う。

「有言実行とは恐れ入るの」
「まァな」

この世界に馴染む入物を持つ者は意外と、少ない。
運良く天狗も犬神も一度で番を得る事が出来たが、入物が馴染んでも精神が壊れてしまう者も多いと聞く。
この子が消えるときに、我も消えよう。
そう言って笑った友人は、言葉通り、消え去った。

「拠り所もなくなってたし、仕方ねェとは思うがな」

甘ェ。

御猪口から酒を煽った犬神は、呻いた。
それを見てから自分も酒を口にした天狗は、確かに甘いと、そう思った。

「それでもなかなか出来る事ではないと思うがの」
「違いねェ」

昔話に華を咲かせながらも、きっと今日が過ぎれば、何事もなかったかのように、友人の話などしなくなるのだろうと思いながら、酒瓶を開けきるまで、甘いと言いながらも天狗と犬神は、亡き友人を偲びながら。

「…それにしても甘すぎねぇ?」
「あやつが甘かったということよ」

少なくない酒を、飲み続けた。

2018.07.03


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