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黄昏揺らめく白い影

※九尾と少年


「からす、なぜなくの」

小さな声で、囁くように少年は歌っていた。
霞掛かった世界の中、縁側に腰掛け地面につかない足をぷらぷらと揺らしながら。
何かの気配を感じた瞬間、少年はぴたりと歌うことを止め、体の向きを変える。

「飽きないな」

声の方向に狐の姿を認め、少年は微笑んだ。

「おかえりなさい」

軽やかに立ち上がり、狐が人の姿になった瞬間、少年は彼に抱きついた。
少年の背丈では、少年の手は男の腰程までしか届かない。
抱きついてきたその手を優しく取り、男は少年を抱き上げた。

「ただいま」

嬉しそうに、幸せそうに。あどけなく、少年が笑う。
縁側から居間に向かいながら、何をして過ごしていたのかを尋ねた男に、少年は縁側の方向を指差した。
襖を透かして見た其処には、植物の葉と実が散らばっていた。

「かず、かぞえてた」
「そうか」
「この、おしえてくれたとこまで数えれたよ」
「そうか」

よくできたと言わんばかりに少年を抱いていない方の手で髪を撫でれば、くすぐったそうに身を捩って、少年は笑った。

誰かが、言った。
あの子は攫われてしまったのだと。
誰かは、言った。
あの子は神隠しにあったのだと。

狐の腕に抱かれて、少年は笑う。
今いる場所こそが自分のいる場所であると言わんばかりに。

鳥居の奥の、そのまた奥の小さな小さな社の中で。

「この、どこいってたの?」
「どこだと思う?」
「んー、」

わかんない。
少年はそう言い、狐に抱きつき、笑った。

「帰らなくて良いのか」
「?どこにかえるの?」
「さあ、どこだろうな」

少年の元いた村は、暗い雰囲気に飲み込まれていた。
村人たちが少年を探していたことを、知っている。
知ってはいるが、男に少年を帰す気はない。
かつて遠い昔に再び逢おうと約束をした相手の魂を持つ少年の手を、離すことはできない。
たとえ、少年が遠い昔を思い出すことがないとしても。

へんなの。

そう言ってほほ笑んだかと思えば、少年は何かを言いたげに、視線をさまよわせていた。

「…………、」
「どうした?」
「この、」

こんどは、いっしょにでかけたい。

少年の言葉に、男は嬉しそうに笑った。

2014.02.22
加筆修正 2016.06.25


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