司書と司書さん
「……おい」


 渋い、をぶっ飛んで、“ドスがきいた”と表現した方が良いような低い声。
 声をかけられた女性──少女にも見える──が、図書館のカウンターの中で身体を竦ませた。


 無理もない。
 相手は、“いかにも”な顔をした狼男だ。
 黒のジャケットの下に、暗い色合いの臙脂のシャツを着て、胸元が見えるように、何個かボタンが開けられたシャツからは、ごつい金の鎖のネックレスに、厚い筋肉が見てとれる。ご丁寧にも、指にまで凶器に出来そうな程に厳つい、金の指輪がしてあった。
 誰がどう見ても、本人がどう言い訳しても、間違いなく、“修羅の道を行く、暴力と反社会的行為で生計を立てるタイプ”の人種にしか見えない。


 狼男、というのを差し引いたとしても、カウンターにいる人間の女性は怖がっただろう。
 少なくとも、知識と知性の塊──本──が所狭しと並べてある、図書館に来るタイプには見えない。
 同じ知識にしても、人間のどこを撃ち抜けば確実にしとめられるか、と、人間は有史以来、どのように歩み、どのように発展してきたか、では天と地の差がある。


「おい、聞いてるのか? 人間の嬢さんよ」
「はっ!はいっ!聞いてます!」


 当然のごとく上擦る声に、なら良いが、と再びの低い声。少女のような、女性のような、微妙な年頃の女性には、上擦った声を恥ずかしく思う暇もなかった。何しろ、怖い。


「嬢さん、お前人間だな?」
「はい、人間です……」


 鋭い瞳で見られるのは、睨まれるのと同義だ。確実に二、三人はしとめていそうな眼に、女性は肌を粟立てた。


 ──早く帰ってきて下さいよー!!


 数分前に、「少し休憩してきます」とさらりと言い残して出て行った、自分より年上の青年を、女性は脳裏に描いた。
 要領が良いと言えば聞こえは良いが、あの青年はどちらかと言えば腹黒い。人を扱うことに長けているのだろうと、女性は数時間で理解していた。
 彼女は、諸々の事情があってこの図書館に臨時で来た司書である。ちなみに言うなら、今頃どこかでのほほんと“休憩”を楽しんでいるだろう青年が、この図書館の本来の司書だ。


 全く以て理不尽だ。あっちは休憩中で、こっちは強面の狼男の相手をしているというのだから。


「何で嬢さんがここにいるんだ?」


 ストレートに飛んでくる不信の眼に、女性は声を震わせながらも、ゆっくりと聞き取りやすいように言葉を紡いだ。


「あの、司書さんの代わりです」
「司書?」
「はい。えっと、男性の方です。多分、いつもここのカウンターに座っている……」
「ンなことは知ってるよ、嬢さん」
「で、ですよね……」


 そう呟いたきり落ちた沈黙に、狼男は頭をがしがしとかいた。俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな、と怖い顔に少しの困惑を滲ませる。


「代わり……ってことは何だ? あの野郎、遂に蜘蛛女に喰われたのか」


 素敵な人生の締め括りだな、と表情すら変えなかった狼男に、「いえ、まだ生きてらっしゃいます」と妙な方向に女性も答えてしまった。
 これではまるで、喰われはしたがギリギリで生きているような意味になってしまう。
 それでも、そうか──とだけ返した狼男は、少しほっとしたように見えた。


「で、あの野郎は本当に喰われたのか?」
「あ、いいえ……休憩にいく、と先ほど出て行かれてしまいまして」
「何だ、残念だな」
「ええ、全く」


 ついうっかり口にしてしまった言葉に、女性は急いで口を手で押さえたが、飛び出た言葉は元には戻らないのであって。


「なかなか良いな、嬢さん」
「あ……ついうっかり」


 にやりと極悪人の笑みを浮かべ、狼男は女性を労った。


「あいつの代わりってのは大変だろ。何せ、ここは俺たちみたいな輩しか来ないからな」
「いえ。私も一応、ここと似たような場所で働いていますから」
「通りで。人間にしちゃあ手慣れてるわけだ」


 普通は俺を見たら、悲鳴を上げて逃げ出すのが当たり前なんだよ、と狼男は愉快そうに笑う。吠え声ともなんとも言えない、声の低さが恐ろしくはあったが、機嫌は悪くなさそうだし平気よね──と、女性はやっと表情を緩める。
 自分の目の前で、豪快に笑う狼男は、見た目とは裏腹に、結構まともな方なのかもしれない。そう女性は思う。


「おやおや、浮気ですか、狼男さん?」


 聞いただけなら耳に心地よい、柔らかで落ち着いた声。ああ、諸悪の根元だわと女性は無意識に思う。
 狼男が、あからさまに嫌な顔をした。チッ、と舌を打つ音まで聞こえる。愉快そうだった強面が、凶悪さ二割り増しで、眉間に皺を寄せていた。


 蜂蜜色の髪に、ライムのような緑の瞳。柔和な笑みを浮かべた優男が、休憩を終えて戻ってきていた。
 片手には何故か如雨露を手にしていたが、女性は無視を決め込むことにする。


「いやあ、怖いおじさんの相手をさせてすみませんね」


 すまないだなんて、多分ひとかけらも思ってない。
 この図書館に来て、まだ一日も経ってはいないが、一緒に仕事をしていてわかるものがある。
 柔和で人当たりの良さそうな、穏やかな印象を持たせるこの司書は、これでなかなか狡猾だ。よく言えば要領がよくて頭の回転も悪くない──そういったところなのだろうが、それはあくまで、オブラートに包んだ場合、だ。
 ラップに包もうが、鉛のシートに包もうが、事実はかわらない。


「やっぱり生きてたのか、さっさとアルケニーに喰われちまえ」
「私が死んだら、悲しむ人が多いでしょうからね──魔女さんとか」


 にっこりと紡がれたそれが、何らかの意味を含んでいたことだけは女性にもわかった。こういう時に、この青年の食えないところは見え隠れする。


「……お前、楽に死ねると思うなよ」
「残念ながら、死ぬときは老衰でポックリ──と決めています」
「脊髄がボッキリ、はどうだ?」
「痛いの、嫌いなんですよねえ」


 ははは、と如雨露の先を手のひらにぽんぽんと押し当てながら、司書の男は笑う。その如雨露は何なのかと、狼男が聞いた。


「花屋に転職か? 目出度いこともあるもんだな」
「はは、花屋ですか。一生縁はないでしょうね」


 本以外に興味はないんです、と言い切る男に、「どうだかな」と興味なさそうに狼男も返す。


 仲がいいのか悪いのか、よくわかんないわねこの人たち──


 女性のそんな心のつぶやきは、二人には当然届かない。だからこそ、喰えない司書と狼男の会話は発展していくのであって。


「いやあ、保護者の方に会えて幸いです」
「あ?」


 幸い、が“都合がいい”に聞こえたのは、どうやら女性だけではなかったらしい。狼男も訝しんだ様子を隠すこともなく、司書の男に詰め寄った。


「保護者って誰のことだ」
「私の目の前にいらっしゃる、満月の夜には獣になるお方です」


 言い方が性格悪いわね、と女性は思う。当然ながら、狼男も顔をしかめた。


「インキュバスとサキュバスの双子の兄妹が、先程まで暴れていまして──まあ、正確にはサキュバスの妹さんだけなんですが」


 司書は一旦言葉を切った。


「魔女さんが被害に──」
「てめえ、そういう事は早くいえ」


 中庭の方ですよ、と司書はにっこりと笑い、手を振る代わりに如雨露を振った。ちゃぷちゃぷと水の入った音がする。


「まあ、被害と言っても魔法をねだられてるだけなんですけど」


 狼男の姿が見えなくなってから、そう口にした男に、性格悪いわね、と女性はしっかりと言葉に出す。


「ははは、私は彼の恋路を応援しているだけですよ」
「馬に蹴られて死んでしまわないことを祈ってます」
「幸い、ここにケンタウロスは来ませんからね、大丈夫でしょう」


 女性には、事情こそよく分からないが、司書と狼男の態度で、狼男が魔女に好意を抱いているのは理解できた。それを、この司書が面白がっているらしいことも。


「面白がっているんですか?」
「狼男さんに関してはね。魔女さんについては、私はいつでも誠心誠意、応援する所存ですよ」


 あの様子では道のりは長いかと思われますが、私たちの感覚と彼らの感覚は違うでしょうしね、と司書はくすくすと笑う。


「これは私だけが、知り得ていることではありますが」


 以外と、うまく行きそうなんですよ。


 どことなく嬉しそうに語る司書の男に、面倒な人ね、と女性はため息をつく。


「嫌だな、図書館の利用者に幸せが訪れれば、私達司書だって嬉しいでしょう?
「嬉しいですけどね。貴方は何だか回りくどいわ、司書さん。色んな意味で個性的」
「貴女が素直過ぎるんですよ、司書さん?」


 個性派揃いの利用者ばかりなんですから、少しは個性的にもなりますよ。


 そういうなり、食えない笑みを浮かべた優男に、司書の女性は確信した。
 他でもないこの男こそが、この図書館においての、一番の曲者だと。






***

わあい、甘ちゃんのもんとしょの司書さんと、私の司書を絡ませることに成功しました!
自分でやっておいてあれですが、甘ちゃんの司書さんの真っ直ぐさと、私の司書のひねくれた感じが、コンビにしたら上手く収まるんじゃ!!!ないでしょうか!!!!!
甘ちゃんちのもんとしょは賑やかです。コメディです。司書さんとまじょこさんがとってもすきです。



以上、愛の告白でした。
お子さんを勝手に拉致しましたが、お許し下さい☆ミ('▽^*)


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bkm


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