姫コンビとえむえすコンビ
 音の町、サウンダー。
 そこかしこに並ぶ楽器店を横目で観ながら、姫楼はすれ違う人間の視線に不信感を抱いていた。
 不信感、よりは違和感、の方が正しかったかもしれない。
 そんなことをつらつらと考えながらも、彼は、彼の後ろをちょこちょこと歩く、水色の髪の少女に振り返る。何だか、心配だった。ここは、二人にとって見知らぬ町であるから、尚更。
 振り返った瞬間に、少女と目が合う。少女の、アクアマリンのような、すんだ水色の髪が揺れる。


「どうかしましたか、姫楼さん?」
「……いや、何でもないよ、姫流」


 姫流と呼ばれた少女は、不思議そうに目を瞬かせると、そうですか?と小首を傾げ、姫楼が声をかけるまでしていたように、再び道に並ぶ楽器店のショーウィンドウに見入る。ああ可愛い、と呟きそうになってから、姫楼は表情を引き締めた。


 姫楼と姫流、そして二人の前を歩く、茶色いベストの男。彼ら三人を目にして、また一人、人が彼らから目をそらした。
 これで通算二十八回目だ。いくら何でも流石におかしい。


 最初こそは、「自分と姫流の服装が周りから浮いているからなのだろう」と姫楼も思っていた。
 やたらと貴族のような、豪奢な服装をした“この町の”住人たちのそれにくらべれば、極々一般的な彼らの格好は、どうみても浮いていたから。
 彼と姫流は、いわばこの町においてよそ者だと、自らで主張するかのような格好をしていたから、仕方がないのだと。そう思っていたけれど、度重なる“町の住人”の態度に、その考えを改めなくてはいけないだろうと姫楼は思い直す。


 何度も言うようだが、姫楼と姫流はこの、《音の町》──“サウンダー”の住人ではない。
 彼らは、とある招待状を受け取って、この町に来たのだった。


「少し聞いても良いかな」


 自分たちの三歩前を歩く男、茶色いベストの男に、姫楼は声をかけた。何か気になることでも?と、ベストの男はにこやかに笑う。なんと言うべきか、完璧な笑顔だった。完璧過ぎて胡散臭い。
 さらりと流れた鳶色の髪は、優男らしさを存分に引き出していたし、柔らかな光をともす、ヘイゼルの瞳は、人好きの良さそうな笑顔に、花を添えている。
 けれど、と姫楼は男を疑惑の隠る目で見据える。


 ──胡散臭いよなあ……


 醸し出す雰囲気と言おうか、なんというか──言葉にはうまく出せないが、胡散臭い。この町で開かれる“パーティー”とやらの招待状を送ってきたのもこの男なのだが、姫楼は軽い気持ちでこの町に来たことを後悔し始めていた。
 人には眼を逸らされるし、案内役の男は胡散臭い。姫流と楽しめたら、ということで参加を表明したのだが、何ともいえず、嫌な予感がした。


「ああ、はい。何か聞きたいことがあるんですかね?」


 姫楼の呼びかけに、ベストの男は愛想良く、しかし若干いい加減に言葉を返す。


「さっきから、俺たちの方を見たやつが、視線を逸らしていくのは何で?」
「はは。ご冗談を」
「いや……数えてみる限り二十八回なんだけどなあ」
「はは、ご冗談を。気のせいでしょう、気のせい」


 笑顔という鎧を完全に着込み、ベストの男は姫楼ににっこりと返す。ごまかし切れていないぞ、と姫楼は言ってやろうかと思ったのだが。


「正確には、あなた方じゃなくて、俺を見て眼を逸らしてるんですよ、確定に近いレベルでね」
「はあ……」


 自信を持って話すようなことではないのだが、ベストの男は妙に胸を張った。何で眼を逸らされているんですか、と問う姫流に、ベストの男は表情をゆるめて答える。何故だか、自分と同じ匂いがするな、と姫楼は思ってしまった──いや、俺はあんなに胡散臭くはないぞ。


「それはまあ……俺が《小さな淑女》の《従者》だからですね」
「リトルレディ? バトラー?」


 オウム返しのような姫流の言葉に、そうですそうです、と男が調子よく答える。


「《小さな淑女》と言えば、いろんな意味でこの町では有名なのでね──」


 その《従者》の俺も有名ってわけですと、《従者》は再びの“完璧過ぎて胡散臭い笑み”を浮かべる。眼を逸らされる理由にはいまいち届いていない気もしたが、まあいいか、と姫楼は諦めた。何を言っても、適当にはぐらかされそうだったから。




***



「わあ」


 ぼんやりと、ただただ感心したように呟く姫流に、「可愛らしいお嬢さんですねえ」と《従者》が呟く。何故だか薄ら寒い物を感じて、姫楼は姫流を自分の後ろに隠した。
 馬鹿でかい屋敷の、馬鹿みたいに大きな門の前での一コマだ。
 「何で警戒されたんですか」と笑顔で聞いてくる男に、まさか「少女性愛の気があるように見えたので」とは言えるわけもなく、──なんと言っても初対面に等しいのだ──姫楼は「気のせいですよ、気のせい」と、先ほどの男の対応に倣って、そう言葉を返した。
 はあ、そうですかね、と男は笑いながら、特に気にした風もなく、当たり前の顔をして、白くて馬鹿でかい門を押し開く。まさか、一人で開けられるような代物には見えなかったから、姫楼も姫流も驚いた。
 その門の大きさと言えば、そこらの家くらいの大きさはあったし、その馬鹿でかい門の後ろに聳える、粉砂糖の様に白い屋敷の大きさといったら、うっかりしたらどこかの城かと見間違える程だ。色んな意味で、規格外、といえた。


「ここがパーティー会場ですか?」
「ええ。俺はあなた方二人を、ここに連れてくるように、と《小さな淑女》から言われたんです」


 姫流の言葉に柔らかく返し、さあ入って下さいと、茶のベストを着た男は言う。
 男は、最後に一つだけ付け加えた。


「そちらのお嬢さんは平気だと思いますが──姫楼さんでしたっけ? あなたは気をつけた方が良いかもしれませんね?」
「はあ……はあ!?」
「こちら側が招いたとはいえ、あの子は気まぐれですから──ああ、《従者》の名にかけて、蜂の巣にならないようには気を配ろうかとは思ってますが」
「えっ……え? 蜂の巣?」
「ええ、蜂の巣。ちなみに、蜜蜂以外の蜂の巣からは、蜜はとれないらしいですよ」


 そんなことは聞いていない、と口にしようとした瞬間に、「無駄口を叩くと危ないですよ」と男が笑ったものだから、姫楼は思わず黙ってしまった。


「余程のことがない限りは、俺がターゲットだろうから、心配はいりません」


 そちらのお嬢さんなら命にかえても護ります、と《従者》は宣言し、きれいにウィンクしてみせた。もちろん、姫流に。
 じゃあまあ行きますか、と物騒なことを口にしたわりには緩く、男は歩き出す。砂糖で造ったような、馬鹿でかい屋敷の中に入れば、姫流が目を輝かせた。


「お人形さんのお家みたいです……!」


 なるほど、と姫楼も思う。
 紅くけ毛足の長い絨毯は、ドールハウスというよりは金持ちの家、といった感じだが、壁紙が白地にピンク色の細かな花柄だったり、天井から垂れ下がるシャンデリアが、スズランの花のようなものだったり、そのスズランの花のような部分から、きらきらと輝く、色とりどりのガラスパーツが垂れ下がっていたりと、なかなかにファンシーで可愛らしい。女の子はこういうものに憧れそうだな、と疎い姫楼でも思うくらいには可愛らしかった。


「ははは、素敵でしょう」


 いつもは荒れ放題なんですけどね、今回はまだ保ってる方だね。


 にこりと笑顔を添えて、そう述べた男に、姫楼はしらず冷や汗を浮かべる。言葉の端々に実感がこもっていた。


 ──ここは悪魔の社交場か何かか。


 既に、“まだ保ってる”という言い方が不安だ。荒れ放題、がどのレベルなのかにも因るのだが、言い方からして不穏当である。


「いやあ、でも良かったですよ。当初の予定より、到着が遅れたフシがあったんですが、これで癇癪起こされてたら、俺でも手に負えない。阿鼻叫喚の悪趣味な光景が広がっていたらどうしようかと」
「すみませんけども、俺たちって今からどこに行くんですか」


 思わず敬語にもなる。


「パーティー会場ですよ」


 あくまでもうそぶく気なのか、はたまた本気なのか、《従者》の意図はよく解らないが、パーティー会場が地獄でないことだけを姫楼は祈った。


 長い廊下を歩き、幾つもの部屋の前を通り過ぎる。時折、部屋の扉にどうみても弾痕としか思えないものが見受けられたが、姫楼はもう諦めた。何を言っても、この屋敷からはうまく逃げられそうにない。
 時間がたつごとに胃が重くなる姫楼とは打って変わって、姫流はどこか楽しそうだ。この笑顔を見られただけでも良かったか、と姫楼も腹をくくる。


「つきましたよ」


 申し訳ありませんが、いろいろな都合を考慮に入れて、客人のあなた方より俺が先に入室します。


 言葉のそこかしこから溢れ出る、ある一つの切迫感に、姫楼もゆっくりと頷いた。その方が、身の安全を図れる気がする。


 《従者》が扉を開く。
 途端、フォークが空気を切り裂いた。


 かっ、と必要最低限の余韻だけを残して、フォークがファンシーな壁紙に突き刺さる。びぃん、とフォークの柄が震えていた。《従者》だけが笑顔で、姫流と姫楼はなにが起こったのか理解できやしない。
 二人の常識の元では、フォークは勢い良く滑空しないし、壁に突き刺さるものでもない。


「ああら、お兄さんてば遅いわァ!」
「申し訳ないね、リトル・レディ。しかしだ、よく考えてもみてくれないか? この二人の住む場所から、ここまで10分で来いというのは──少々酷だね」
「コクも深みもないわよォ!貴方、綺麗に刻んでカレーにいれようかしらァ?」
「君に食べて貰えるなら喜んで」


 笑顔を崩さない男に、「まさか、豚の餌になるに決まってるでしょ!」と、高くて可愛らしい声が響く。声が可愛らしいだけで、話の内容は“可愛らしい”からはかけ離れすぎていた。


 おそるおそる、といった様子で部屋に入った二人は、先ほどから部屋に響く暴言の発信元を見て呆然とする。


 人形のような、滑らかで白い、作り物じみた美しいかんばせ。唇はさくらんぼのように赤く、眼の色はまるで苺だ。蜂蜜のような金髪は、緩くウェーブを描いて、品よく少女の顔の周りをかざっていた。
 フリルとレースたっぷりの、みているだけで胸焼けしそうな白のドレスが、少女の人形のような見た目に拍車をかけていた。


「紹介する暇もなかったですね。こちらの愛らしい唇から、素敵な言葉を紡ぐのが《小さな淑女》──俺の主人……ではなくて、飼い主の“リトル・レディ”。因みに俺のことは《従者》──“バトラー”と呼んでもらえれば」


 キャハハハ、とリトル・レディは楽しそうに笑った。


「自分から飼い犬だと認める気分は如何なものかしらァ? お・兄・さ・ん!」
「なかなかに爽快だよ、リトル・レディ。人はたまには獣に戻るべきなのかもしれないね?」
「貴方みたいな幼女趣味なんて、私にとったらいつだって獣だわァ!」


 穢らわしいから近寄らないで、と近寄った《従者》の男を蹴飛ばし、その足で人形じみた少女、リトル・レディは、姫流に近寄った。姫楼はそれを警戒したものの、リトル・レディは姫流に優しく笑いかけただけだ。


「あなた、お名前はァ?」
「姫流、です」
「そう、良い名前じゃなァい!小鳥ちゃんって呼ぶわァ!」


 名を聞いた意味はあるのか。思わずぽろっとそうこぼした姫楼に、小さな淑女は楽しそうに笑う。あ、まずい。そう思った時には、小さな淑女の興味は、姫流から姫楼にと移っていた。


「はじめまして、眼帯のお兄さん!貴方もあそこの人みたいに、幼女趣味なのかしらァ?」
「いや、……自分でそう思ったことはない、はずだけど」
「ふうん? どうでも良いけどォ」


 それより早くパーティーをしましょうとリトル・レディはネジが飛んだねじ巻き人形のような笑みを浮かべる。見た目は可愛らしいのに、残念だなと姫楼は心から思った。


「小鳥ちゃんは私の隣ね」
「あっ……はい」


 うふふ、と柔らかい笑みを漏らして、リトル・レディは姫流を一つのテーブルに案内した。
 白くて可愛らしいデザインの、それこそ、ドールハウスにあるような調度品。
 華奢な椅子にちょこんと腰掛ける姫流は、やっぱり可愛い。ゆるむ頬はとめられないよなあ、と姫楼は思う。
 姫流とリトル・レディがついたテーブルの上には、宝石のような、見た目も美しい菓子が所狭しと並んでいる。わあ、と顔を輝かせた姫流に、好きなだけ食べなさいよォ、とリトル・レディが笑いかけた。その本人は、もう、すでに優雅に紅茶を飲んでいる。


「いやあ、眼福眼福。可愛い少女は人類の宝です」


 まじめくさってそういうバトラーは、なにを考えているのか分からない笑顔で、菓子を口にする少女二人を見つめている。


「あんな性格ですから、リトル・レディには友人がいません」


 だろうね、とは言えない。なにが飛んでくるか、解らないからだ。


「姫流さんとは打ち解けているようで、安心です。……自分と同じ年頃の女の子には優しいので、心配はいらないかと思っていたんですが」
「バトラー、話の腰を折って申し訳ないんだけれども」
「なんですかね」


 俺たちの座る席はあるんですか。

 姫楼の尤もな質問に、バトラーは晴れやかな笑みを形作る。
 この、ドールハウスじみた、少女の好みそうな部屋には、椅子は二つしか存在していない。その椅子には、人形よろしくリトル・レディと姫流が座っている。


「一つ、衝撃的な話をしよう」


 まじめな顔でバトラーは言う。


「実は、招待されたのは姫流さんだけだったりするんですよ」
「つまり」
「姫楼さんと俺の席は、この部屋に存在しない」


 犬にお預けをするのが最近の“彼女”の趣味なんですよ、とにこやかに笑ったバトラーに、姫楼は「そんなこと聞いていない」と、ついに口に出すのだった。




***

りちうむさんの姫コンビを遂に拉致致しました……とっても楽しかったです!(良い笑顔)
個人的に姫楼さんは不憫なイメージがあるんですとごにょごにょ

姫流ちゃんをなかなか話させることができなくて残念だったのですが……!
兎にも角にも、素敵なお子様をお貸しいただいてありがとうございます(*´▽`*)


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